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第2-1話月を見上げながら
夜の帳に煌々と満ちた月が浮かぶ。
寝間着代わりの浴衣越しに感じる夜風が心地良い。
息を吸い込みながら縁側で月を眺めていると、詠士の足音が聞こえてきた。
「おお、良い月だな。きれいな丸でなんとも美味しそうだ」
「詠士、君にとっては月まで食材なのか? いつか宇宙に行って削り取ってしまいそうだな」
おどけた口調の詠士へ私も笑いながら合わせれば、ククッ、と喉で押し殺した笑いが聞こえてくる。
「それは世界中の人間を敵に回しそうだから我慢する。まあなるべくここを離れたくないから、俺には月見の団子で十分だがな」
言いながら詠士は、私の隣にドンッと重みのある物を置く。
視線を下げれば未開封の一升瓶。ラベルにはよく足を運んでいる道の駅で見かける地酒の名が書かれていた。
「月見団子の粉と同じ米で作った日本酒だ。合わないはずがない」
どこか得意げな詠士の声に、思わず私は吹き出してしまった。
「楽しみで仕方がなかったみたいだな。声が浮かれている」
「当然だろう。去年は仕事であっちに行ってたからな……初めてここから真太郎と中秋の名月を楽しめるんだ。浮かれもするだろ」
コトッ、と漆塗りの杯を床に置きながら、詠士が私の顔を覗き込んで微笑む。
……まったく。隙あらば人に落ち着かなくなることを言ってくる。
付き合い立ての頃なら分かるが、もう一年経つのだぞ? いつまで四十半ばのおじさんを照れさせる気なんだ。
思わず頬を熱くしてしまう私を嬉しげに見つめてから、詠士は「さあ、主役を運んでこないとな」と立ち上がり、足取り軽く台所のほうへ向かっていく。
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