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第29話
僕はそっと、父の手首を拘束していたタオルを取りました。
父は声もなく泣いています。
「...ごめんなさい...お父さん...」
しばらく長い沈黙がありました。
「...どうして、奏斗が謝るんだ、悪いのはお父さんなのに」
父は未だ仰向けで寝そべり、頬に涙の跡を残したまま、薄ら優しい笑みを浮かべました。
...胸が苦しくなりました。
「...嘘偽りのない関係でいたかったんだ、なのに、トラウマや不安が邪魔して話せなかった」
「...どういうこと?」
「いつかお前にも色んな出来事や出会いがあるだろうと思う。俺が高校の頃、先輩に告白されて、俺はゲイでは無かったし、断った。腹いせで先輩たちにまわされる羽目になるとも思わなかった」
父は涙目なのに微かに笑みを浮かべています。
僕は父が学生時代、先輩たちにフェラやアナルセックスを強要されていたことは知っていました。
だが、何処かで父が誘惑したのだろう、と潜在的に考えていた。
父がウケのときに、わざと父に、何人とやったの?何本ここに入ったの?と気安く父に尋ねていました、父は答えたことは無かった....。
「感じていく自分が嫌で堪らなかった。俺はゲイじゃない、て感じている最中も心の中で必死に否定した。お前が俺を好きだと告げてくれて、ようやく、封印が解けたんだ。なのに、俺は過ちを侵した...」
「過ち...?」
「同僚と酔った勢いとはいえ、寝てしまった。黙っていてもよかったんだ。ただ、お前に嘘をついていたくない、お前にもそうであって欲しい、これからも、俺を好きなうちはそうあって欲しい....」
「...俺を好きなうちは、て....」
「言っただろう?お前にはまだまだこれから、たくさんの出会いがある。俺は通過点でしかない」
「...僕の気持ちが変わる、と言いたいの?」
「...いつかは俺を捨てる、それはそれで構わないよ。お前が幸せになってくれれば。それまではお互いに偽りもない関係でいたい。もし、お前にも何かがあれば、話して欲しい」
僕は言葉に詰まった。
当たり前だが、僕以上に父は大人だった。
先を見据え、僕と交際していたのだと、初めて気づかされた。
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