16 / 40

ペットじゃねえよ 8

 誰かに聞いたわけじゃない。実際、この目で見たんだ。  ヘマをやらかした屋敷の魔物に、この男は容赦も慈悲もなかった。それなりに長く仕えていただろうに……一瞬で消し炭となった魔物の姿に非力な俺はもちろんのこと、周りの魔物連中もガタガタと全身を震わせていた。男の何倍も大きな図体を持つ、強面の猪ですら頭を垂れて跪いたくらいだ。  そんな恐ろしい「魔王」だというのに、俺は目を逸らすだけでなく、自身の歯茎を見せつけるほど奥歯を強く噛み締める。  およそ従順でない、奴隷らしからぬ態度。なのにこいつは優しげな声音を変えることなく尋ねてくる。 「エイシ。おはよう、は?」  俺の口から挨拶が聞きたいらしい。唇に親指を宛てがわれ、色づくそこを緩やかに撫でられる。擽ったさに負けて、俺は僅かに唇を動かした。 「お、はよ…………ざい、ます……」  カラッカラの乾いた口腔からなんとかひり出せた自分の声。掠れ具合が半端ない。昨夜、こいつに散々「遊ばれた」せいだ。  嫌々な態度でする挨拶だが、「魔王」は嬉しそうに微笑んだ。ちなみに、俺はこいつの本名を知らない。教えてくれる奴がいないし、こいつ自身も教えてくれないからだ。わざわざ呼ぶこともないから、こちらから聞きもしないけれど。  ともあれ、「魔王」は第一段階の挨拶を俺にさせると、次の段階を要求する。  犬相手なら「お手」、「おかわり」、などの芸を仕込むような感覚だろう。その程度のものなら簡単なのに、こいつが俺に望むものは方向性がだいぶ違った。 「ん。それで? おはようのキスは?」  やるわけねーだろ、そんなもん!

ともだちにシェアしよう!