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第14話
「俺が、ですか……?」
「そう。吉野が、です」
潤太の細い首が、ゆっくりと横に傾いていく。俊明の笑顔は四分の一回転して見えても、素敵だった。そんな素敵な彼氏がいま、俺に、なんと? 大智はこめかみに指先をあてている。
「…………へ?」
潤太はまたおなじ言葉を繰り返して、パチパチと目を瞬かせたのだった。
そのあとひと悶着もふた悶着もあったが、三人はふたたびおとなしく食事をはじめた。
潤太は不本意ながらも自分が買ってきたワンピース姿だ。となりでは大智がにやにやし、テーブルの向かいでは俊明がスマホのレンズをこちらに向けて、カシャカシャ写真を撮りまくっている。
俊明は潤太に「クリスマスをしっかり実感したい」と告げてきた。
その風流な要望は「世間の男は恋人にサンタコスをされると、うれしいものだ」という下品な理念にうまく塗り替えられてしまい、そしてその「世間の男」とやらを名乗った彼らが、恋人に本格的なサンタコスをご所望した。
(ふたりの恋人、それは俺!)
それならばと、潤太は赤いワンピースに着替えたのだが、俊明のリクエストはそれだけではおさまらなかった。
まんまと云いくるめられた潤太は、調子に乗ったふたりに、すね毛やわきの毛までつんつるてんに剃られてしまったのだ。抵抗も試みたが、ふたりがかりで取り押さえられたので、どうしようもなかった。
ふたりは仲が悪いと云っていたくせに、こういったときには不思議なくらいに息も意見もピッタリと合うらしい。それはそれは驚くほどのコンビネーションだった。あながち反りが合いすぎて仲が悪いというのは、嘘ではないらしい。
(でもさー。こういうのは彼女に求めるのであって、彼氏に求めないで欲しいよね)
正座を崩して座った脚に目をやると、そこはつるつるのピカピカだ。剃ったあとは肌が荒れないようにと、俊明がハンドクリームを塗ってくれたので、身体からは花のような匂いがしている。産毛のような毛ではあったけど、潤太にはとてもとても大切な毛たちだった。
(俺の、すね毛……生えてくるのにすごく時間かかったのに……。グスッ)
父の養毛剤を勝手に使って怒られた記憶が蘇る。こっそり使い続けて空にしてしまったことがあるその高価な養毛剤は、いまはトイレの掃除道具いれの中に隠されている。
こんなことになるのならば、スカートじゃなくってズボンのほうの衣装を買えばよかったと、後悔もひとしおだ。それでも潤太は彼らにすこしでもクリスマス気分を味わってほしかった。
(来年はズボンにして、あとツリーも持ってこーようっと)
潤太はスプーンで掬ったケーキをぱくりと頬張った。さきほどから脚と肩がむきだしの潤太のために、部屋の暖房の設定が上げられている。そのせいでケーキの生クリームが緩くなってしまっている。
(でも、これ、やっぱりおいしいよぉ……)
潤太は大きなスプーンを咥えたまま片方の頬に手をあて、「はうぅ」と溜息をついた。
ふたりにはひどいこともされてしまったが、これが食べられただけでも今日ここに来た価値がある。
(ああ、でももうあと半分しかない……)
ちらりと、俊明と大智のまえにあるデザート皿に目をやる。そこにはまだ手がつけられていない彼らのケーキが、ワンピースづつ残っているのだ。しかしさすがにそれらに手を出すわけにはいかないだろう。仮にもそんな横暴なことをして、できたばかりの恋人に嫌われたくはない。
「吉野、もうギブアップする? 無理してケーキばかり食べなくてもいいんだよ? ほら、こっちも食べたてみたら?」
眉を寄せていると、俊明が見当違いの心配をして料理の皿を指した。いやいや、好きで食べているのだ、と潤太はぶんぶん首を振る。
でもその気づかいは、とてもうれしいものだった。
(先輩、やさしい)
顔を上げて俊明の顔を見ようとしたが、彼が掲げたスマホが邪魔して叶わない。カシャッとシャッター音がしたあと、俊明は撮れた写真を大智とふたりで覗きこんでいた。
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