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第25話
俊明の散々な仕打ちに許容量が超えた潤太は、ついにパニックを起こす。ぺったんこ座りでわんわん泣き喚いた。
「え? えぇ? ちょっと吉野、そんな大声で……」
困った顔をする俊明を無視して勢いよく「うわーん、うわーん、うわーーんっ」とやっていると、
「いったいなんだ? 騒がしい」
ようやく大智が、戻ってきた
遅い。遅すぎる! 今ごろのこのこ帰ってきた大智すら、腹立たしい。潤太はさらに泣き声をひどくした。
「あぁ、大智……」
ややほっとしたように俊明が従兄の彼の名を呼んだが、
「大智先輩、遅いぃぃーっ!」
潤太は膝頭で床をガンガンに叩いて抗議だ。
「うっわっ、なんだこの部屋はっ? なにがあったんだ?」
大智が呆れた声をだすのも仕方ない。床のあちこちには白いクリームが飛び散り、俊明の膝の上には皿ごとケーキがぐちゃぐちゃで乗っているのだ。
「……俊、お前なぁ、なに吉野、泣かせているんだよ」
「うぇっ、うえっ」
(そうだそうだ! 大智先輩もっと云ってやってよ、先輩ちゃんと俺に謝ってよ!)
謝罪を聞こうと泣き声を潜 めて耳を澄ますと、潤太の喉からはかわりに「ヒィィックッ」と、しゃっくりが飛びだした。
大智に冷たい視線を送られてさすがに反省したのか、俊明が小さく肩を竦める。
「うーん。ちょっとやりすぎた、かな?」
「……」
彼の口から出たのは、あまりにもあんまりなセリフだった。
「…‥鬼だな、お前」
(ちょっと⁉ ちょっとじゃないよっ。すっごくやりすぎだよ!)
それで超絶に自分がかわいそうになってしまった潤太は、大きく息を吸いこむと、彼らに当てつけるために、また「うぇぇえーーんっ」とやりはじめたのだ。
落ちていたスプーンをつまみ上げたとき、大智は生クリームで汚れた絨毯に嘆息していた。
それから彼がキッチンから持ってきたのは布巾で。床からクリームが拭き取られる瞬間、潤太は「ふぇっ」と情けない声をあげた。
(ああっ。拭き取られる…‥。俺のケーキ……)
グスッ。
うっ、うっ。
グスッ、ズズッ。ヒック。
そんな潤太に胡散臭そうな視線を向けた大智は、それでも「よしよし、かわいそうにな」と、頭をぽんぽんしてくれた。おざなり感が否めなかったが、してくれないよりはマシだ。
俊明が絨毯を庇ってケーキを身体で受けとめてくれたので、被害が最小限ですんだのだと思う。それでも服も身体もべたべたになった彼は、いま風呂に入っている最中だ。
彼は浴室に向かうとき、「吉野も一緒に入らない?」と潤太を誘ってきた。酷すぎる。
自分の傷心が彼には伝わっていないらしいと、それが辛くて返事のかわりにシクシクやっていたら、大智がかわりに「入るって云うわけないがないだろうが!」と、返してくれていた。
俊明は風呂に行くときに大智に「後はよろしく」と云っていた。なので、よろしくされた大智が廊下に引き続いて、本日二度目の床掃除をするハメになったのだ。
彼はシンクで布巾を洗ってきては、絨毯をゴシゴシと擦っている。シンクとリビングを行ったり来たり大変そうだ。
仮にもし今泣き止んだとしたら、自分もこの掃除を手伝わないとならないのだろう。それがわかる潤太はもう少し泣き続けておくことにしたので、彼の慰めかたが『適当に頭をぽんぽん』だけであっても、我慢することにしているのだ。
しかもそのぽんぽんだって、大智の『恋人に与える』ぽんぽんだ。彼が部活中において、後輩などにそんな態度をとっている姿など、一度も見たことはない。
(大智先輩、めちゃ優しくなった……)
潤太は大智を手伝おうだなんてまったく思わない。大智が兄弟の一番上で責任感が強いと云うならば、潤太は末っ子、責任逃れが大得意だ。
そのかわり、他人 の後始末を文句も云わず行う大智をかっこいいと思う。顰めた眉もまるで大人の男のひとみたいだ。
潤太はきゅんきゅんとときめきながら、彼が掃除で忙しいのなら、いまの間にもうちょっと泣いておこうと考えた。
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