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第36話

 コードに引っ張られたツリーが横滑りして倒れると、続いて潤太もずるっとつんのめって、見事にその上にダイブする。 「ぎゃぁっ」  一部始終を見ていた一也が「ああ……」顔を顰めた。 「おまえ、だからちょっと落ち着けよ……」 「いたいよぉぉっ。起きれないよぉ。一也くん、助けてぇ……」  ツリーともども床に転がる潤太に一也が呆れかえった声をだす。それでも|枝葉《えだは》のうえでもがく潤太を抱き起すべく、彼はマグカップの乗ったトレイをひとまず足もとに置いたのだ。                     *   暖房の効いた温かい床に座らされた潤太は「洟を拭け」と渡されたティッシュボックスを右手に、オーナメントの星を左手に握りしめていた。そしてまた垂れてきた洟をスンッとすする。  その姿たるや悲惨なもので、素肌のあちこちが擦過傷 (さっかしょう)だらけだ。ところどころには血まで滲んでいて、とどめにはおでこから一筋の血を流している。  現物に似せたツリーは細い枝も針葉も丁寧に再現してあり、その上に体重をかけて転がれば枝や葉が肌に刺さってこうなっても仕方ない。 「だから、スカートはやばいんだって。防御力(ゼロ)なんだから」  以前潤太はスカートで変質者に公園の茂みに押し倒されたことがあったが、その時も脚が傷だらけになった。 「なに云ってる?」 「だから、学校の制服のスカートって危険なんだよって――」 「いいからさっさと洟をかめ」 「むっうぅーっ。だって訊いたの一也くんだろ!」  いつまでも「このウニがオデコを刺した犯人だ」と、十二面体の星を握りしめて離さない潤太に痺れを切らした一也が、潤太が抱えたティッシュ箱から一枚を抜きとって、小さな鼻を摘まみあげた。潤太は遠慮なくチンとして、また呻く。 「うぅっ。あちこち痛いよぉ。ちょっとここのツリーって豪華すぎじゃない? 葉っぱも星もこんなにとんがって、危ないったらありゃしない」 「いや、誰もツリーのうえでコケるなんてことを想定してつくってないだろ? しかもそんな恰好で。だいたいなんでそんな恰好なんだ? ――お前に限って虐めにあっているとは思わないけどな、寒いなかコートも着ないで、いったいなにをやってたんだ? いつもながら危なっかしい。誰といたんだ? 云ってみろ」 「なにも悪いことしてないもん。だって恋人とクリスマスしてただけなんだから」 「恋人ぉ⁉ え? お前つきあってるヤツいたのか?」  驚く一也に潤太は顔を輝かせた。 「そうそう、ね! 聞いて。俺ね、昨日、恋人できたんだ。それもふたり! できたてのホカホカだからね、まだ誰にも教えてないの。だから聞いたの一也くんが第一号だよ」 「昨日? は? ふたり?」 「今日さっそく家に呼んでくれてさ、でっかいケーキ食べてさ……、食べてさ……」 (食べていたら、斯波先輩に俺の乳首を食べられた……) 「うぅっ」  得意気に話だした潤太だったが、途中で赤面して俯き、最後には「ケーキが……」と呟いて涙を滲ませる。すっかり情緒不安定だ。 「で? 恋人にそんなの着せられて、それで外に放りだされたのか? それは、ひどいな。かわいそうに」 「うんうん。好きなひとにお願いされたんだもん。仕方ないよねぇ、はぁ」  潤太はうっとりと溜息をついてから、それからちゃんと彼らが悪者にならないように「ここに来たのは、俺が勝手に来たの」とつけくわえた。 「そっか。よくわからんが、ぜんぜんかわいそうじゃなかったんだな。……とりあえず、救急箱持って来る。お前はそこで座って待ってろ」  ヤバい女か? しかもふたり? 困ったもんだと、ぼやきながら隣の寝室へ向かう一也の後ろに、潤太はくっついて歩いた。

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