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第51話 END

 そんな潤太の背後で、大智はこっそり避妊具を拾ってマガジンラックへと隠し、そしてそれを後目(しりめ)に俊明が大智にだけ聞こえる声で、メモのつづきを読む。 「……『自慰のときにでも練習しておけ』って。先生なに? 生徒にこんなもん持たせていいの?」 「もしかして、俺ら試されてんのか……?」 「手を出すなというなら、誘惑しないでほしいよね」  顎に拳の親指をあてた大智が眉を寄せると、それに同意し俊明も舌打ちする。  それでも、 「せんぱぁいっ。マッチ貸してくださぁい」  と、無垢な潤太が振り向くと、ふたりは表情(かお)から険しさを消した。俊明に至っては、とっさに微笑みをつくるという徹底ぶりだ。 「あぁ、待ってね。探してくるよ」  俊明も大智も胸の裡では、それぞれの主張も願望もある。けれども潤太の笑顔を見ていると、ときにはそれらを抑えて、べつのなにかを優先しなければならないのだと思えてくるのだ。ふたりはもう潤太と一緒にいるために必要だとすることを、選択しだしていた。その気持ちの変化は、今日のたった短い時間の間で、あきらかに態度や行動に反映されてきている。  そしてふたりはそれぞれがとった行動から、お互いがそのように『変わった』ことに気づいていた。  俊明は大智に、大智は俊明に負けたくはないと思いはするが、その動機の根底は今までのものとはまったく違うのだ。それが数学教師の云うところの慈愛というやつか。  たったひとりの男の子に恋したことで、昨日今日と、自分たちはすこし成長した。そのことが気恥ずかしくもありながら、決して誇らしくないわけでもなく――。  うっかり目があってしまったふたりは居心地悪い思いで、そっと互いに視線を外したのだ。                     *  潤太は泊っていかないかという彼ら誘いを、後ろ髪を引かれる思いで断った。  家のルールがお泊り禁止なのだが、そうでなくても恋人と夜を過ごすのはまだはやいという自覚がある。  校内であっても、暴走しがちなひとつ年上の男子高生をうまく押し留めることができないのだ。そんな自分に、よりムードの高まる夜の入浴タイムや、布団に入ってからの彼らを制する力量なんてあるわけがない。  すると、玄関でしぶしぶマフラーを巻く潤太に、恋人たちは思うところがあったようだ。俊明と大智はひと(こと)ふた(こと)言葉を交わすと、あっという間に「それならば、明日三人で出かけよう」と、つぎの予定を立ててくれた。 「吉野のクリスマスプレゼントを買いに行こう」 「嘘⁉ ホントに⁉」  そう彼らが、で決めてくれたのだ。潤太にはとっては、それがもうなによりも素敵な恋人たちからのクリスマスの贈り物だった。 「斯波先輩、大智先輩、ありがとう!」  背が高いふたりを見上げると、 「それは明日プレゼントを貰ってからだろ?」  と、やさしい眼差しが降ってくる。  不思議なもので、心のなかにあったまだここに残っていたいという未練がすうっと溶けていく。潤太はもう明日の楽しみでいっぱいだ。  彼らの愛情と約束が自分を満たしてくれて、安心して帰れるようにしてくれた。だったらもう、見送りはこれで充分だ。  潤太は駅まで送ってくれるつもりの彼らに、ここまででいいと玄関で別れを告げることにした。 「そのかわり、ちゃんと明日の朝は早起きしてね? 俺、朝一番にここに来るよ?」 「あぁ、気をつけて来いよ?」 「準備して待ってるよ」 「うん! じゃあ大智先輩、斯波先輩、また明日!」  くるりと彼らに背を向ける。扉を開けたら外は雪がチラチラと舞っていた。ふわっと粒の大きな綿雪のせいで、見上げた空ではお気に入りのオリオンの星たちが隠れてしまっている。でも、平気だ。  潤太はしっかりとした一歩を外へと踏みだした。自分にはほかにもちゃんと道標があるのだから。  目指すはベツヘルムの星。そこへの水路にはちゃんと愛と真実が存在する。素敵な未来が待っている。  握りしめていた五芒星をポケットから取りだすと、そのうつくしい銀の細工に目を細め、白い吐息をマフラーに埋める。  明日は人生はじめてのデートだ。クリスマスが初デートってなんてロマンチックなんだろう。  雪の夜空に白銀の大きな星を翳すと、潤太はいっそうあざやかに微笑んだ。                      END

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