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第50話
そうだ、一也のような大人の世界もあるのだ。そしてその世界は、このさきの自分たちにも待っている。場合によってはまだ子どもだとか、高校生だとか、未成年だとかと線引きなどしないで、そのときの素直な気持ちに任せて、一歩ぐらいならそちらへ足を踏みいれてみてもいいのかもしれない。
(来年はちょっとだけ背伸びして、触りっこくらいしてもいいかな?)
少しは流れに任せてみようと未来に想いを馳せると、潤太の胸がこそばゆくなる。にやけてしまう口にそっと大切な銀細工の星を押しあてる自分の姿を、恋人たちは不思議そうに見つめていた。
*
「じゃあケーキを食べましょ?」
嬉々としてケーキ箱の蓋を開けた潤太は、箱のなかを覗いて悲鳴をあげた。
「ケーキが潰れちゃってるーっ!」
「そりゃ、あんだけ振り回して走ったら、そうなるわな。でも、これくらいならマシじゃね?」
箱から取りだしたブッシュドノエルは、上部をコーティングしていたチョコレートのおかげで、なんとか丸太の形を留めている。上品に艶めくチョコレートの香りが周囲にふわりとたった。
「んー。いい匂い」
潤太がいっぱいに鼻で香りを吸いこみ、堪らないと感動している横で、俊明が胸を押さえて渋い顔をする。
「いや、僕はもうちょっと……。今日は無理、かな……」
彼は悪戯とエロ目的で潤太の胸に塗りつけたケーキを食べていた。日ごろから甘いものを食べる習慣のない俊明には、あれでもう許容量を超えていたのだ。
悪ふざけに使えどきっちり生クリームを最後まで舐めきったあたりが、食べ物を粗末にしてはいけないと云われて育った俊明らしさだ。
あれから無性に辛い物が欲しくなった俊明は、夕飯にカレーを作っている。キッチンのほうから食欲をそそるスパイシーな香りがしていて、そちらが気になる大智もケーキは食後でいいと云って、もう一杯お茶をお代わりした。
「俺はさきにカレー食べたい。吉野さきに食べてろよ」
「うん。じゃ、遠慮なく」
マンションのテーブルでひと目見たときから、魅了されていたケーキだ。潤太はまったくふたりに合わせるつもりがない。
日没ももうすぐだしカーテンを閉めれば部屋を暗くできそうだ。潤太はローソク、ローソクと口ずさみながら、ケーキが入っていた袋をガサガサやりだした。そして中からなにやら膨らんだ封筒を見つけだす。
「なにこれ? 保冷剤? あっ、先輩お皿とフォークください」
「あぁ、わか……」
俊明が潤太が封筒から抓みだしたものを見て絶句し、大智は盛大にお茶を噴きだす。ビロビロと潤太の手から伸びていったのは、蛇腹に畳まれていた避妊具だった。
「あれ、でもこれ冷たくないよ?」
「吉野、それもったまま目線こっちにちょうだい」
「へ?」
「笑って―、ハイ、チーズ」
俊明の構えたスマホに向かって潤太がにっこり笑うと、すかざすカシャッとシャッターが切られる。潤太は即座に空いたほうの手でピースをつくるというサービスぶりだ。
ふんわり白いファーの胸には大きなリボンが映えていて、羽織っているのは萌え袖のぶかぶかカーディガン。赤いワンピースの裾から出ている生脚は、つるつるのぴかぴかで――。
スマホのディスプレイにはグラビアアイドルをもしのぐ、エロかわいい女子高生もどきが映る。「吉野、最高だよ」と呟く俊明に、その従兄はげんなりしていた。
「ん? んん? なんか手紙が入ってる」
エログッズを片手に小首を傾げた潤太が、封筒をひっくり返すと、中から落ちてきたのは名刺サイズのメモだ。
「『高校生のうちは健全にな』うん。わかっているよ。『これは念のために入れておく』じ、じ……じ?」
「カモネギだな……」
「吉野もう一枚! ねぇ、こっち向いて。はい、チーズ!」
チーズの掛け声にあわせて、もう一度指でVの字をつくったあと、潤太は、
「わかんないやっ」
と、メモと避妊具をペイッと放りだした。ふたたび「ローソク、ローソク」と自作の歌を歌いながら、見つけだしたローソクをわくわくとケーキに挿していく。
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