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【2020/05 邂逅】⑦ (*)

《第2週 月曜日 昼前》 今日の昼前、突然昔馴染みから「手伝ってほしい」とメッセージが入った。 救急救命センターの宿直明け。しかも感染症対応が複数あり、前日から帰れず泊まり込みだった。記録や事務処理を終えてようやっと帰れるとなったところでお呼び出しだ。 しかし明日の休みは古巣で創傷学の講義があり、準備が必要、返却する課題の採点もあるという状況。正直、早く帰って寝て取り掛かりたい。 だが、もし自分が断ったら、その先どうなるか考えると、無視して帰ることはできない。 トーク画面を開き、通話ボタンを押すと息を吐いて苛立ちを押し殺すように呟く声がした。 「…ハルくん、返事遅い」 今更「手伝う?何を?」なんて聞き返す必要もない関係。昔馴染みといえばなんてことはない無難な関係のようだが、そうではない。返事する間もなく通話は切れた。拒否権なんて、端から無い。 「じゃあ切るから、着いたら連絡して」 附属病院から大学の校舎に移動したところでもう一度通話ボタンを押したが反応がない。 奴の研究室のある建物の前でメッセージを送った。 「一階に着いた」とスマートフォンに通知が入った。 白衣を脱いで、ハンガーに掛け、スチール製の本棚のダボ穴にひっかけたS字フックに釣った。 ソファの下に隠した蓋付きの引き出しから、バスタオル数枚と蓋付きの白いレトルトパウチ、アズレン末の包装、キシロカインゼリー、イソプレンラバーのグローブとコンドーム等々を出してソファ前のカフェテーブルに並べていると、硬い革のソールの音が近づいてくる。 やがて、外から鍵を開ける音がした。 「おれが明けでラッキーだったね」 声の主、通話中”ハルくん”と呼ばれていた人物は、音を立てないようそっとドアを閉め、後ろ手で施錠し直して、音もなく少しずつ近づいてきて、爪先が触れる一歩前で止まった。 ソファの端、ドア近いところに雑に深く座ったまま見上げる。 現場仕事上がりだけにグレイヘアになりかかった肩までの髪は後頭部中心に小さく丸めてあるが、サイドが少し崩れて下りている。 ボタンホールを紺色に篝り、合わせの縁を同じ紺色でパイピングされたシャツを着て、ライトグレーのスラックス。靴も紺色。 体型は年齢の割に引き締まって程よく筋肉量がある。 顔立ちは薄く、目立ったパーツもなく、地味だが凛として整っている。 膚の肌理が歳相応に粗くなったくらいで、あまり中学校で出会ってから変わっていない。 同世代の男性に較べ服装が洒落ているくらい。 腕組みをして冷たい目で上から見下ろしたまま問い詰められる。表情自体は穏やかに落ち着いているが、目は笑っていない。 「①誰かと別れた②誰か好きになった③過去を引きずり出されるような出来事があった、今回はどれなのかな?」 少し屈んでカフェテーブルの下の棚の物入れから、普段はこの部屋では吸わない紙煙草と、喫茶店に置かれているような紙軸のマッチを取り出す。 箱から弾き出された紙煙草を手に取って咥え、マッチの先を外側に折り曲げ、指で弾くようにして側薬に擦って火をつけた。煙草を軽く吸いながらその火を移し、マッチの残り火を手で振り消してテーブルに投げたが、縁に当たって下に束ごと床に落ちた。 「そんなもの、③以外ないでしょうよ」 「まあ、そうだろうと思ったよ」 ハルくんはさり気なく屈んで落ちたマッチの束を拾い、物入れに戻す。 長谷のあの体に組み敷かれて、あの優しげな声と物言いでひどくなじられたい欲望はあるが、②ではない。 ①は検討中だが、まだ時期じゃない。もっと生活を破綻させるほど執着させないと切る決定的理由に至らないからダメだ。 今吸っている煙草は、①の奴が此処に忘れていったもので、マッチは煙草の箱に入っていたものだ。 「今日から来てる高輪署の子、あの日現場でおれを発見した人の血縁ぽくてさ、図られた感じがしてずっと一日ムカついてる」 「は?被害妄想じゃないの?署の人に確認した?」 「そういうことじゃないよ」 「そういうことでしょうよ、それすら口実にしておれを呼び出すくらいには苛立ってんでしょ」 そうだよ。よくわかってるね。 ああ、ほら、まただ。 こうやって苛立ちをぶつけてくるとき、こちらの嗜虐心を煽ってくるとき、その概ね原因は性的衝動だ。 但し、この人にとっては単純な本能による性的衝動でも、執着やら愛情からくるものでもない。 その性的衝動を引きずり出すのは、いつだって当の本人が忘れた筈の過去。 あまりにも凄惨で圧倒的な死。 そして承認欲求、甘え、自傷の延長、自己の存在の確認、心身に焼き付けられた根源的恐怖、怯え、不安。とか、なんやかんや。理由がいちいち過大で多すぎる。 だから、この人の相手は絶対におれでなくてはいけない理由は全くない。 行為の最中に他の男のことを考えていることくらい想定内。おそらく、女性や不能者でない限り、誰だって構わないのではないか。 それどころか、自分に当時の被害の再体験を齎す事ができればそれでいいという可能性すらある。 度を超えた快楽や責めで気を殺って、藤川玲になってからの記憶のリプレイ見るためと言われたって不思議じゃない。納得さえできる。 だが、少なくとも昔みたいに野放しにしておいて乱倫の果てに野垂れ死にしかけて搬送されるよりかは、素性の知れた有資格者のおれが対応するのが落としどころとして適当だろう。 そもそも、感覚だけ焼き付いて相応の振る舞いを忘れていたこいつに、再び性的快楽を植えつけ肉体改造まで手を貸したおれは、責任を持たないといけない。 壁一枚向こうからは、献立を確認して読み上げて紹介しながら、助教くんが誰かを学食に誘っているのが聞こえる。 こちらと空気感の違いに溜息をついた。 「な、お前のとこの助教ってほんと有能だよな、いろんな意味で」 携帯灰皿を開いて差出すと、半分ほど吸った煙草を一旦カフェテーブルの側面のスチール製部分で潰してから捨てた。 長く息をつき、煙を吐き出す。 「南はね、誰かさんと違ってCleanで気配り上手で、本人が望む望まないは別として、社会人として本当に有能なの。その、誰かさんのせいではしたないことや面倒事は嫌いなようだしね」 再び同じ位置に戻ってソファに改めて浅めに腰掛け、俯いたまま左腕を伸ばし、鼠径部の下に掌を当てて撫でてくる。 「てかさ、勃ってるんだったら早く尺らせてよ」 動かなくなっている、感触の軽い左手の指に、【お前にこいつを救うことはできない】と嘲笑われている気して残酷な気持ちになってしまう。 「アキくん、疲れマラってわかる?喉までぶち込んでやろうか?」 加虐する意思を表明すると、ほんの少し顔を上げ、暗い光を宿した目が見つめ返す。 「いいよ、吐くまで突いて」 うまく上がらない筈の口角を少しだけ上げてデスクを指差す。 「舌ピ、つけるから取って」 机上のシャーレの中に銀色のバーベルが入っている。中のエタノールが零れないようにそっと運び、先端が丸い穴の空いたピンセットとともにカフェテーブルに置いた。 そのピンセットで舌を押さえ、舌先から1cmほどの中央に開けられているホールにピアスを通す。ボールの緩みがないことを確認して、装着した物をおれに見せてから、ニヤリと笑った。 「そんな顔、おれ以外に見せるんじゃないよ」 床に膝をついて座って下からそっと指の背で頬を撫でると、ピアスのついた舌でおれの顔を小鼻から額までべろっと舐めてから、唇を塞いだ。上の前歯の裏をなぞる度にピアスが当たり、その乾いた音に濡れた音が被さる。 ソファに腰掛けたアキくん、いや、今は玲か。玲の膝を割って開かせ、艶のある黒のシャンブレーのスラックスのジッパーに指をかける。引き下ろして中を探るとあまり大きくはないがそれは着実に昂り、脈打っていた。 丸みを帯びた先端は柔い皮膚で覆われている。しかしその内部は硬い異物が入っている。脚の付け根にある下着の裾から指を入れて、皮膚を手繰り寄せて先端を露出させ、その異物の入った部分を擽る。 先端をまっすぐ横断させ、尿道をも貫いた状態で長いバーベルが通されている。アンパラングと呼ばれている性器ピアスだ。最も敏感な部分を貫通するため最も開けるのが辛い種類のものだが、傷が癒えればバーベルが内部組織を刺激するため敏感になり、非常な快感が齎される淫靡な代物だ。 このピアスは強くせがまれて、おれが開けたものだ。 そしてもう一つ、プリンス・アルバートがある。後からピアッシングスタジオで入れたものだ。これは陰茎小帯のサイドから尿道口へと貫通させるもので、玲の場合、尿道内でプリンス・アルバートのリングの輪の中をアンパラングのバーベルが通過するように通してあり、リングが日常で衣服の中を動き回る不快感を防ぐようになっているが、同時に二つのピアスが互いを引き合うので性的刺激が常時続くということでもある。 そんな状態なので当然、一般的な男性用小便器で用を足す事はできない。 プリンス・アルバートを弄びながら過敏な先端を指先で掠るように撫でると、膝が不随意に跳ね上がる。プリンス・アルバートを通した鈴口からとろりと透明な雫が溢れた。 「アキくん、どうしてほしい?」 「できるだけひどいことしてよ、ハルくんができる範囲で」

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