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【2020/05 教育】⑱

「今日の午前中、書庫で復習しててもいいですか」 「いいよ、二限の枠、別棟の看護学校の授業頼まれてるんだけど、南も居ないし、ここで好きにしてていいよ」 なんと。経歴に書いてなかったけど、看護学校の講師もしているのか。 「何の授業ですか?」 「一年生の心理学の講義だよ」 てっきり、基礎医学系講座なのかと思っていた。 「受けたいです!」 「難しい話はやらないよ?おれからしたら基本をおさらいする程度だよ」 目新しさや面白みのある内容ではない、学術書ではなく一般向けな実用書や新書などの書籍に載っている程度、今ならインターネットでも十分学べる程度の知識だという。 「構いません、受けたいです、おれ、そういう知識なんもないし」 それでも食い下がると「しょうがないなあ」とやんわり許可してくれた。 「でもなんで先生、看護学校の授業までやってるんですか」 「一年は人文系の授業が多いから外部から非常勤の先生が来てるものも多いんだけど、此処はおれがいるからね。まあ経費削減だよね」 一限が終わるのを待って、先生と一緒に看護学校に向かう。教務で印刷物を受取り、ペットボトルの飲料を買って教室に向かう。大学の授業とは違い、特に凝った機材はなく、口頭で出席を取りプリントを配って、淡々と授業は行われた。 女性が多いのかと思ったが、今は男性もそれなりにいた。 居眠りしている生徒も居たが、先生は特に追い出すようなことはなかった。但、直接寝ている生徒のもとに行き「この授業は一枠●円で買っているものであることを忘れていませんか」「単位が出なくていいなら寝ててもいいですよ」とマイルドに恐ろしいことを言って起こしていた。容赦がなさすぎる。 《第二週 水曜日 午後》 看護学校の授業の後、一旦先生と部屋に戻り、先生はそのまま仕事、おれは昼食を食べに学食に向かった。手早く食べて早めにロッカールームに向かう。 ノックすると、聞き覚えのある声で返事が返ってきた。着替えていることを想定してそっと最低限通れる程度ドアを開けると、当たり前だが準備の為先生が既に来ていて、丁度上の着衣を脱ぐところだった。 その時目にしたのは、新たに右の脇腹にできていた赤い痣、そして長い切り傷だった。 先生が振り返ると、更に左の肩に青い変色。 首筋にも脇にも背中にも、化粧品でカバー仕切れないほどのキスマーク。 そして強く咬まれたり抓られたような痕もあった。 挙句、乳頭にはピアス。 横に立たれても隠す様子もなく淡々と着替えていく。思わず声をかけた。 「先生」 「ん?」 「先生は、先生やっていない時間、藤川玲という名前のいち個人としての時間、何をしているんですか」 これまで見たことがない、艶やかな夢を見たあとの寝起きのような表情で顔を上げ、唇をごく僅か動かして微笑んで言った。 「それを知って、長谷くんはどうするの」 質問の意図を見透かされたような気がして、胸騒ぎがして、脳の奥が痺れるような感覚がして、魂が引き剥がされるように体の感覚が遠のく。言葉が出ない。 「南に言われなかった?おれに深入りすんなって」 先生はじっとおれの目を見て、目線を離さない。 「小曽川さんに、二人きりにならないよう言われました。あと、大石先生が、」 その名前が出た瞬間、先生の表情が険しくなった。 「続けて」 その只ならぬ気配に気圧される。 「玲のこと知りたいなら、やめておけって」 「まあ、そうだな、正しいよ」 話しながらも先生は淡々と着替えを進めていく。 予想通り、内腿にもきつく吸われたり咬まれたような痕があって、思わず目を逸した。 それどころか脚部に拘束の痕や打痕があった。よく見ると、腕にも。 「おれのことは、見学頼まれて応じてくれた人ってこと以上、何も思わないで接したほういいよ。おれは行政司法両方やってていろいろ教えられるから頼まれただけだ」 無理です。 「え?」 思ったことが口から出ていることに気づいたのは、先生が目を剥いて振り返ったからだ。 「おれ、初日に先生の首筋の痕見ちゃった瞬間から無理です。無理すぎて帰り風俗呼んだし、昨日も寝る前先生で抜きました」 「は?それ本人に言う?頭大丈夫?」 意地の悪い半笑いの顔で率直にdisられたが、ここまで振り回しておいて拒否するのは狡い。言わずにいられなかった。

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