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【2020/05 業】④

《第二週 金曜日 朝》 思ったとおり、先生はやはり早いうちに来ていた。 小曽川さんには申し訳ないが、やっぱり二人きりで話したかった。 「昨日の実習のことでお話したくて、早めに来ちゃいました。先生は昨日ずっとこちらで仕事してたんですか?」 「いや、夕方には実家の医療法人の会議があったから早上がりだった。ここで仕事したのは午前中だけだよ、こないだやった演習のレポートを書くように課題を出していたから早く出した子のヤツに目を通してたくらい」 ソファに腰掛けると、先生がキャスター付きのオフィスチェアに座ったままこちらに移動してきた。意外と横着なことする。 「で?実習のことって?」 椅子のサイドについているレバーを押下して、高くしていた座面を下げてこちらと高さを合わせながら訊いてきた。     すごく勉強になったけどきつかったこと。死因やその経緯を具に調べていくうち気持ちが折れそうだったことを伝えたら、先生は「そっかちょっといきなりはしんどかったか」と口元に拳をあてて考え込んでしまった。 そのあと、先生が如何にご遺体を丁寧に扱っているのか、如何にできるだけ美しい状態でお返しすることを考えているのか、如何に尊厳というものを重んじているのか、別の人の仕事ぶりを見てわかったこと。改めて先生から直接教わりたいこと。先生が剖検するのに直接立ち会いたいことを伝えた。 今度はちょっと照れたように笑って、そのあと「そんなふうに思ってくれたんだ、ありがとう」と言った。 やや少し間が空いて、先生が話し始める。 「長谷はさぁ、頭に入ってる?警察等が取り扱う死体の死因又は身元の調査等に関する法律、第三条と第十条」 まさかいきなりの出題。 「…うぅ、えーと…配慮についてと、引渡について、だったと思います」 「はは、何の項目か憶えてるだけで優秀だよ。」 スマートフォンでブラウザを開き『検死 身元証明 警察 法律』と入力して検索すると、法令検索の結果がすぐに出た。 「みつけた?見つけたら音読してみて」 促されてそのまま音読する。 第三条  警察官は、死体の取扱いに当たっては、遺族等の心身の状況、その置かれている環境等について適切な配慮をしなければならない。 第十条 一項 警察署長は、死因を明らかにするために必要な措置がとられた取扱死体について、その身元が明らかになったときは、速やかに、遺族その他当該取扱死体を引き渡すことが適当と認められる者に対し、その死因その他参考となるべき事項の説明を行うとともに、着衣及び所持品と共に当該取扱死体を引き渡さなければならない。ただし、当該者に引き渡すことができないときは、死亡地の市町村長(特別区の区長を含む。次項において同じ。)に引き渡すものとする。 二項 警察署長は、死因を明らかにするために必要な措置がとられた取扱死体について、その身元を明らかにすることができないと認めるときは、遅滞なく、着衣及び所持品と共に当該取扱死体をその所在地の市町村長に引き渡すものとする。 読み終えて顔を上げ、先生の顔を見る。 「長谷、おれはね、」 先生があまりに穏やかな顔をしていて、その後の言葉が信じられなかった。 「殺されているんだ、親を」 言葉が出ない。 先生が死というものをどう考えているのか、何故この仕事に就いたのか。 尋ねたかった内容の答えが、こんな残酷なものだなんて、思いもしなかった。 「母親の遺体は現場に一部残っていたけど、父親はまだ見つかっていない。今の親は当時おれのC-PTSDの治療にあたっていた医者で、血の繋がりはないんだ」 胸の奥が押しつぶされるように痛い。 喉がつかえたように苦しくて息ができない。 「だから、どんなひどい状態で見つかったとしても、できるだけどうして亡くなったのか明らかにして、身元を確認して、きれいに整えて、悔いなく送ってあげられるようにしたいんだ、それだけだよ」 ※C-PTSD:複雑性PTSD:長期反復的なトラウマ体験の後にしばしば見られる心的外傷後ストレス障害(PTSD)。感情、情動の抑制、調整に困難を伴う。

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