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【2020/5 苦界】①

《第二週 金曜日 夜》 今日はジムに行くのをやめて家に帰った。調べたいことがあった。 帰る途中でコンビニに寄って冷凍惣菜とおにぎり2個を買い、帰ったらすぐ面倒にならないうちにシャワーを浴びた。 惣菜をレンジで温めている間に、普段は仕舞ってあるノートパソコンをこたつテーブルの上に出した。 冷蔵庫から浄水ボトルを出し中の水を電気ポットに注ぎ、テーブルにある台座にセットしてスイッチを入れた。温まった総裁をレンジから取り出して蓋を開けて、おにぎりを開封して、食べながらパソコンの電源を入れて起動を待つ。  なりすまし殺害し  衰弱された状態で発見  一部喫食の形跡がみられ  現在容疑者は被害者の子を妊娠していると話しており いつか見たあの不穏な検索結果は、もしかして、先生のご両親の殺害と関連があるものだったのではないか。朝、先生の話を聞いてから胸がざわついていた。もしそうだとしたらどうなんだ、知ってどうするんだって言われても特にどうもしない。でも知りたかった。それが先生の今の仕事につながっていて、仕事のスタンスと関係があるのなら知っておきたい。 …と、言えば格好はつく。 実のところ、それは嘘ではないが、本当ではない。ずっと誰かを好きになることは避けて、押し殺して我慢してきたのに、好きになってしまった。好きになった人のことを知りたくなってしまった。 だからって過去を詮索されるのは気分のいいことじゃない。自分だって試合映像を見たと言われたとき、少し嬉しかったけど、反面、事件のことを知られたんじゃないかと肝が冷えた。 先生ももしかして、おれの名前や出身校の名前で検索した結果をみるくらいのことはしたかもしれない。けど言わなかったのだとしたら、それは先生なりの優しさというか、慈悲だ。 それなのにおれは今、大石先生にも「やめたほうがいい」と言われたのに、先生が訊きたいことを察して、敢えて話してくれたであろうことを、わざわざ深堀りしようとしている。 起動したパソコンにパスワードを入力してデスクトップからブラウザを開く。検索枠に改めて先生のフルネームを入れて、出てきた検索結果のページをどんどん次へ送っていくと、再びスクリーンショットしていたのと同じ項目が出てきた。 それらのリンクを開いていくと、中にはもうサービスが終わっていて見られないものもあったが、だいたいは過去の凶悪犯罪についてまとめたブログや、古くに個人によって作られたウェブサイトだった。 そこに、あの名前があった。 おだか、あきまさ。 先生の論文の、Authorとして、先生の名前の横に括弧書きで添えられていたあの名前だ。 そのページに転載されている新聞記事の画像を拡大してさらに見てみる。 ■1987年11月20日、金曜日の夕刊■   現場からはこの部屋に住む大学教員・小高明幸さんの長男・小高明優くん(11・〇〇市**小6年)が保護された。頭部に殴られた痕跡があり、著しく衰弱しているため救急搬送された。  なお、明幸さんは先月より行方がわからなくなっているため、妻の杳子さんから捜索願が出されていることがわかった。  現在杳子さんとは連絡がつかなくなっており、関係各所への確認を進めている。 ■1987年11月30日、月曜日の朝刊■   搬送後、意識不明の重体となっていた明優くん(12)が昨日未明に目を覚ましたことを捜査関係者が明らかにした。  人工呼吸器を装着しているため現在は会話に応じることは難しく、解明には時間がかかると見られる。  頭部の外傷による損傷が大きく、脳に重大なダメージを負っている可能性もあるため今後検査を行うという。  1987年秋で12歳。先生は2019年5月現在の今43歳、1975年生まれだから秋産まれなら今度で44。年齢は合致している。この小高明優くんとは、やはり先生のことなのだろうか。そして、もしかして、あの額の傷はこのときのものなのか。 内容が残っている他のページも順次確認していく。 ■1987年12月1日、火曜日の夕刊■  明優くん治療のため医療チーム発足。  明優くんはリハビリを受ける以外は病室内で安静にしているが、事件については話すのを嫌がり取り乱すため、捜査関係者は今現在も事件当時の状況の聴取はできていないとのこと。  現在も食事は拒否しており、また、女性スタッフによる看護や介助を一切受け付けない状態になっているため、メンバーである精神科医・藤川英一郎氏(30)が常駐し明優くんの心身のケアを全面的に担当している。  藤川氏は児童と思春期の患者をの専門に受付ける外来を設けた診療所を開業するため準備中だったが、児童の心理的外傷の治療は国内ではまだ専門家が少ない分野のため自ら協力を願い出たという。 これは、現在の、藤川先生のお父さんのことか。 ■1988年1月11日 月曜日の号外■  大学教員・小高明幸さんと、妻の杳子さんの殺害について、杳子さんの姉の夫・高瀬光晴容疑者が、妻である杳子さんの姉・高瀬杏子容疑者の指示で明幸さんの遺体を損壊・遺棄したことを自供。緊急逮捕した。  光晴容疑者は自供に応じているが、殺害については否認。「仕事で出張に来ていた明幸さんが挨拶に立ち寄った際、妻が子供を養子に貰いたいともちかけ、トラブルになったと聞いた。自分は仕事に出ていたので見ていない。原因は自分なので申し訳なく思っている。」と供述しているという。  杏子容疑者は遺体損壊・遺棄についての教唆、殺人についてともに黙秘している。 お母さんの姉?伯母夫婦による犯行? 養子にって?原因は自分って?どういうことなんだ? しかしここにはこの3枚の画像しか無い。 別のウェブサイトを開く。  「この事件については、あまりに理不尽かつ凄惨な内容であったため、以降は裁判の概要と結果報道に制限がかけられる事態となった。しかし、一部週刊誌に詳細が出てしまい非難が殺到した。」  「供述によると、殺害した遺体を他の食肉と混ぜて調理し、明優くんに与えていたと話しており、残っていた量から、一部を残しほぼ喫食されたとみられている。」 …喫食…?与えていた?遺体を?殺した、先生の、お母さんの? 先生が食事を摂らないというのは、まさか。 モーニングについていた肉類を俺に譲ったのも…? 恐ろしくなって、思わずブラウザを閉じ、ノートパソコンの蓋自体を閉じた。 身勝手で理不尽な仕打ちに対する憤りと、猟奇的な行いへの恐怖と、今にも痛哭しそうな気持ちで、震えが止まらない。 とっくに沸騰を終えたポットも、温め終えたことを何度か電子音で告げていたレンジも、今は沈黙していて、部屋の中は静まり返っていた。 先生は、意識が戻った後、どうやって生きてきたんだろう。 こんな記憶を抱えてしまったら、おれなら、まともになんて生きていけない。 心理学を選んだのも、法医学に転向したのも、このためなのか。 「ググれば何でも出てくる、隠しているわけじゃない」と先生は言った。 でも、大石先生が言う通り、「やめておいたほうがいい」が正解だった。 好奇心は 猫をも殺す

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