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【1993/12 Can you kill me】⑦
気を失い切る前に手を離して、頬を軽く叩いた。幸いすぐに呼吸は戻り目を覚ました。そして「やっぱり、そこまではしないですよね」と言った。
「当たり前だろう、一旦ベッドで休みなさい」
抱きかかえてベッドの上に運ぶと、ぴったりとセッティングされた掛ふとんの隙間に入り、埋もれて目元だけ出して、布団の上に上がり傍らに寝転がったわたしを見る。
「直人さん、おれのこと気に入りました?」
「今のところ良好だよ」
照れたように笑う玲を見て、たまらなくなって布団毎抱き寄せた。
「店辞めて専属にならないか、月額でも都度払いでも言い値で出す」
暫く間が空いてから「じゃあ」と玲が切り出す。
「月額で安定していただけると助かります、月に何回呼ばれるか関係なく。但、おれも今後研究とか試験入ると応じられる回数も変動があると思うので、バランスを考えて直人さんが値段決めてください」
胸元に顔を寄せ、目を閉じて言うと、玲は寝息を立て始めた。
再び目を覚ますと、時刻は零時を回り日付が変わっていた。直人さんも転た寝している。おれが目を覚ましてから10分ほど経った頃、目を覚ました。
「金額は決まりました?」
「いや、完全に寝てたよ。腹が減ったな。何かルームサービスでも…ああ、22時までか。どうしようか、何か買ってくるか?」
伸びをしてから体を起こし、テーブルの引き出しから手にとったメニューを覗いて、閉じてそっと戻す。
「おれ、この顔で出るのまずくないですか」
「いいよ、おれが買ってくる」
着替えて部屋の鍵を手に直人さんが出ていった。おれがこのまま抜け出して帰るとは思わないんだろうか。勿論、そんな気はないのだけれど。ベッドから起き上がって、TVをつけてみる。
もうこの時間ともなるとニュースも終わっており、特に興味があるものはやってなくて、各局のバラエティ番組が下世話な話題で盛り上がっているのを流し観て、消した。
再びベッドに戻って布団に潜って目を閉じていると、真っ暗な空間の中なのに花火のような残像が瞼の裏に浮かぶ。こういうとき、ふと、忘れていたことが蘇る時がある。
直人さんに抱き寄せられたのがトリガーなのだろうか、大きな手が自分の頭を撫でている感覚が具に感じられる。
但し一旦は完全に忘れたので、顔は後から情報として見た、自分の父親の顔だ。学者だった故に残っていた著書や写真や映像で見ただけの情報で、具体的な表情や口調、声を思い出すことはできない。
上が黒縁になった眼鏡をして、薄くなりかかった灰色の頭髪を後ろに撫で付けた、自分の骨格に似た華奢で神経質そうな、でも、穏やかな顔。
やや年をとってから授かったおれのことを随分可愛がっていたこと、母と交換日記形式でおれのことを記録していたことを聞いていて、その日記帳は今警察から返却されておれの部屋にある。
そこには、おれが病気になったことを自分のせいではないかと思い悩む姿、学校に行かずひとりで遊んだり勉強したり、家の手伝いをしているおれのことをありのまま受け止めていたことが記録されていた。
そして、身体の成長や通院の検査結果で出た具体的な数値、その日食べたもの、家の中での他愛のない出来事。おれが忘れてしまった全部、おれが知らなかったことまで、その日記帳には記されていた。
その中に、僅かな学校生活でおれが虐められて学校に行かなくなった理由も、それに両親が困惑したことも書かれていた。
「お父さんのことが一番好き。でもお父さんはお母さんが好きだから結婚したんでしょう。どうしてぼくはお父さんの子どもなんだろう」
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