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【2020/05 命令】②

「ねえ、今日はこのあとどうすんの、こないだの埋め合わせ兼ねて盛大にやってく?」 直人さんは起き上がって「しないよ」と言った。今日は折角久々に乗り気で来たのになぁ、残念だなぁなどと当てこするように言うも、こちらを振り返って直人さんは続けて言った。 「玲、明日以降ここは一旦空になる。おれは文鷹と別のところに身を隠す。由美子さんもユカと一緒に護衛を付けて他のとこへやる。お前もうまくやれ」 「うまくやれって言われてもなあ。暫く会えなくなるなら余計じゃない?てか普通に働いてるおれだけ逃げ場がないじゃん」 起き上がって脚をばたつかせて文句を言っていると、脚をピシャリと叩かれる。 「玲、お行儀が悪いよ」 「だってわざとお行儀悪くしてるもん」 はは、と笑って「20年以上やっても躾できない跳ねっ返りとは思わんかったよ」と言ってから、もう一度おれを抱きしめた。 「落ち着いたら、みんなでテーマパークでも行ってパーッと遊ぼうな。おれ、ああいうの行ったことないからさ」 「え、やだぁ、おれだって行ったことないそんなの」 柄にもない提案をされて、腕の中で勝手に恥ずかしがって身動ぎしているおれを「だからいいんじゃないか、口が減らないなあ」と、苦しくなるほど、更にぎゅうぎゅう抱きしめた。 「玲、これは命令だよ。お前はおれが戻るまで身辺の人間に気をつけて行動しろ、誰か信用おける人間を使って一人になるのを避けろ、うまくやり過ごせ。生き延びろ、おれが居ないところで死ぬなよ。おれ以外にお前を殺させるな」 《第三週 月曜日 午後》 おれはとある受刑者を訪問すべく刑務所を訪れた。 横浜刑務所。ここはB級とF級という刑期10年以上の重罪初犯者を収容する男子刑務所だ。Bは犯罪傾向の進んでいる再犯者・累犯者、そして、反社会的勢力・暴力団関係者は初犯でも再犯と同等の「B」となる。尚、FはForeigner(外国人)のFだ。在日アメリカ軍を擁する場所柄、関係者も収容している。 ここに、おれの実の父親が収監されている。 嚴めしい顔つきに、年の割に引き締まった筋肉質な体、モンモンが手の甲や首まで入った男が刑務官に付き添われて面会ブースに入ってくる。父親と会うのは2ヶ月ぶりだ。この見た目になってから会うのは初めてだ。 かっちりとスーツを着込んで眼鏡を掛けたおれの姿を一目見るなり、父さんは目をうるませ泣き出してしまった。そのなりで?そんな盛大に泣く? 「文鷹、おまえ…やっとまっとうになって…」 いや、全然だ。なんなら表向き芸能事務所の社員ってことになってるけど、主にやってることは華やかな業界でのマネジメントでもないし、かといって裏方の事務でもなくて、寧ろあんたの代わりにオヤジの護衛してるんですよ父さん。 「そんなに感動することじゃなくね」 ティッシュペーパーを抜いて手にとって乙女のように握りしめて涙を拭い拭い泣いているのが不釣り合いすぎておかしくて笑っていると、口を尖らせて言った。 「感動するだろそりゃ、あーんな派手な尖ったナリしてたのが、いきなりこんなんなってたらさあ…」 おれは父のこういうとこが好きだ。もともと稼業はどうあれ、俺たちにはとびきり優しかった。

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