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【2020/05 命令】⑤
《第3週 火曜日 朝》
先週と同じく、先生の部屋は施錠されたままで入れない状態だった。書庫の小曽川さんのところに行くと淡々といつもどおり仕事している。
「おはようございます、小曽川さん、もしかして今日も先生って監察医務院ですか?直接あっち行った方よかったんですかね」
「多分そうだけど、でも特に指示来てないですよね。おれにも来てないんですよねえ、どうしちゃったんだろ珍しいな~」
小曽川さんもスマートフォンを確認して首を傾げている。とりあえず先週と同じく大石先生の授業を聴講したいことを伝えると、先生には言っておくからどうぞ、と言って再び手元の仕事に取り掛かった。
「ところで、こないだの件なんですが、妹さんのことや事件のこと小曽川さんから聞いたこと言ってもいいんですかね。説得する方法考えないとと思ったんですけど、どっから話せばいいんだろうと思って」
「それは勿論、おれが言ったって正直に言えばいいよ。それで怒られても別に長谷くんはおれのせいにしたらいいし」
鞄から先週の授業でとったノートと使った資料を出して、教室へ向かう準備をする。授業で使っているテキストが書庫の中にないか尋ねるとものの数秒で小曽川さんは棚から出して手渡してくれた。流石だ。
「あと、小曽川さん、誰にも報告しないで自分の中に仕舞ってることもあるって言ってたじゃないですか。あれって」
「や~、言えないなあそれは」
席に戻ってサーモマグからコーヒーを啜りながらちょっと困り顔のまま微笑んで言ってから、小さく「まあ、おれが言わなくても、そのうちわかっちゃうかもしれないけどね」と付け足した。
二限の時間まで書庫で食事しながらテキストを読んで、一限が終わる頃に教務で教室を確認してから大石先生の授業のある建物に向かった。移動する途中、後ろから気配を感じて振り返ると当の大石先生が居た。
均整の取れた体にピタッと沿ったシャツとスラックス。おそらくオーダーだ。生地も柄織りで刺子が入っていて襟や袖の内側の生地に青系の細やかなレジメンタルストライプを斜めに使っていて、肩にネームが刺繍されている。
「あ、みつかった」
「どっから見てました?」
「教務から出たとこ。長谷くん、今日さあ、帰り暇?メシ行かない?おごるよ?」
昨日に続いて今日もご馳走になるとは。
いや、ありがたいけど、ここの人たち(と言ってもサンプルは3名だけど)お金の感覚がゼロ一個分明らかに違うのがわかってきて、普段一食500円~1000円ベースで暮らしてる身には正直こわい。
「いいんですか?」
「よくなかったらそもそも誘わなくない?」
反応が面白かったのか大石先生はずっと笑っている。
そういや大石先生も藤川先生の生い立ちとか、事件のこととか知ってるんだろうか。中学からの付き合いとは言ってたけど。
あと、大石先生もここの卒業生なんだろうとは思うけど、多分経歴的には大石先生のほうが先輩にあたるはず。
それと、先生のこと玲って呼んだりアキくんって呼んだり、統一されてないのも何気に気になっていた。なんでだろう。食事行くときに訊けばいいか。
教室に着いて、適度に全体が見える辺りの席から授業を聴講した。
損傷が起きることに因ってどんな反応が起きるのか、どのように回復していくのか、その過程にどんなリスクがあるのかという基本的なところの話は、現役時代に知ってたらとても役立っただろうなと思った。
知っていれば防げる損傷というのもあるし、練習量や負荷を課す以外に、体の使い方や技術についても理論や知識を持っておくことで成果に繋げられる気がして、やっぱりあのままおれが我慢して、あと数ヶ月やり過ごして何事もなく大学行けたら良かったのかな、とか、思ってしまう。
正直、自分がもう少し疑うとか怒るとか抵抗するとか、ある意味ネガティブな心の動きがあったときにそれをなかったことにしないで、直ぐに表に出せる人間だったらよかったのに。
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