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【2020/05 命令】③

そもそも父さんは此の世界に憧れてとか、道に外れたことをやって此の世界に来た人間ではないと、直人さんの口から聞いた。中学で家を出て工場で働きながら定時制の高校を出て、職業訓練校に行って、紹介で就職して修理工として真面目に働いていたと。 しかし、父さんの父さん、つまりおれの祖父は仕事中の事故で腕がなくなったのを切掛に臍を曲げて働かなくなり、気に食わなければ殴り、飲んでは暴れ、働かず、其処彼処に借金を作ってくるようになって、その尻拭いに追われるようになり、やがてはそういう違法なとこから取り立てに追われるようになって職を失った。 祖父は結局飲みに出た先からそのまま行方不明になり、数日後側溝に落ちて死んでいるのが見つかった。このままでは自分も死ぬしかなくなると思った父は、逃げるように都心に出て、飛び込みで直ぐ働けて身の隠せる夜の世界に身分を偽って住み込みで働くようになった。 そこの元締めをしていた直人さんに出会い、スカウトされたという。当時は1980年。うちの父さんは昭和35年生まれの22歳、直人さんは昭和20年生まれの35歳だった。父さんはとにかく直人さんを尊敬し、幹部候補だった直人さんのためによく働いて尽くした。その結果がこれで、出所したら親父も繰り上がって幹部に上がる。 直人さんはもともと能力も買われてはいたが、由美子さんと結婚したことで半自動的に幹部になった人でもある。しかもそのまま直人さんはトップになってしまったので妬んでいる人間も少なくない。これで父さんが帰ってきてまた二人揃えばその影響力は大きい。そして同時に一部の反発も大きくなるのは見えている。 父さんがおれにヤクザになるなと言ったのは、其処に更におれが加わることで体勢が強化されることを嫌う人間が居るからだ。なので一応高校まで出してもらった後は住むとこを用意してもらって、おれはあくまでも組員ではないイチ会社員という扱いで、名前も母親の姓を通名にして由美子さんの会社に籍を置かせてもらった。 そして由美子さんの勧めもあって事務所で実際に働いたし、そこのツテでバンドやらせてもらったり、結構好きにやらせてもらっていた。ユカともども、おれたちは難しい時期に来たのに、本当の子供みたいに、下手したらそれ以上に親身に育ててもらったと思っている。だからこそ、父さんが直人さんの代わりに行くと決めたとき、おれも直人さんについていこうと決めてしまった。 それ以降は招集がかかると飛んでいかなくてはならないし、一旦警護につくと暫くはなかなか離れられない。組で押さえている倉庫で訓練したり、ジムで体を鍛えたり、課せられるものもあって自由が効かない部分もそれなりにある。不自由にはなった。それでも直人さんは「怪しまれないためにもお前は素のままでいろ、親も言ってただろうが此の世界には染まるな」と言ったくれていたから好きな格好をしていた。 でも状況が状況となってきて、目立つのはまずい。おれが父さんの子だと知れるのもまずい。おれはとりあえず会社員然とした身なりに落ち着くことにした。そうしたらどうだろう、見た目が別物になった途端、纏わりついていた人の気配がなくなった。明らかにおれをマークしていた人間が居たということだ。その数日後、直人さんのマンションの窓に実弾が打ち込まれ、玄関ドアを強く殴打されて警察を呼ぶ羽目になった。 これ以上はまずい。由美子さんとユカを逃さないと。玲は普通に勤め人だし名のある人物でもあるし、何故か既に公安が付いてるし、基本タクシー移動だからそう簡単に狙えないだろうが、それでも狙われる恐れは全くない訳でもない。戻ったらすぐに直人さんと協議しないと。特に連絡はないから無事だとは思うが、今少しこうやっておれが離れただけで何が起きるか気が気じゃない。何か起きてからじゃ遅い。

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