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【1989/05 Salvation】⑬

アキくんはそれ異常深く後を追って突っ込んで聞き返しては来なかった。なんとなく悲しそう顔をしていたので、察してくれたのかもしれない。 それはそれとして、ゲームしているアキくんはかなり面白くて、ゲームそのものよりプレイするアキくんを見て楽しむような形になってしまった。画面の動きにつられてコントローラーを動かしたり、体ごと動いたり、ひとりでわーわー言っているのだ。 あんまり笑っていたら「ハルくん失礼だよ!」とぷりぷりしていたが、機嫌の悪いのも興味もアキくんはそんなに長くは続かないのか、しばらくするとまた違うゲームに替えたり、おれがプレイしている間は雑誌を読んだり、再び笑ってプレイに戻ったりしていた。 日が暮れてきてもご両親は言ってたとおり戻ってこないので、アキくんはダイニングテーブルにあったクッキーと冷えたお茶を持ってきて出してくれて、一緒に食べた。ミルク分の多い淡い色のチョコレートがかかった薄焼きのクッキーは甘く、お茶はふんわりと柑橘系の果皮のようないい香りがした。 食べてしばらくするとやはりアキくんは眠たいと言い出して、ソファの上に横たわってうとうとし始めた。仕方がないのでおれはその傍らに座ってアキくんの教材をわからないなりに見始めた。 その中に小学校から高校までに習う算数と数学の解き方をひとまとめにした本があって、それがよかった。昔習ってなんだかさっぱりわからないままだった躓いたところの解法が全部解説付きで載っている。 同じように中学高校で習う英単語をまとめたもの、熟語や言い回しをまとめたもの、理科で習うことなど、なんでもそのようにまとめた本がある事自体、おれは知らなかった。まともな環境に居ないと、同じような立地に育ってもそういうものにアクセスすることもできなくなる事実というのは重かった。 暮れ泥み薄闇に近づいていく部屋の中でそれらの本を見て、殆ど使っていなかったノートを開いて例題を解いていると玄関の方から物音がして灯りが点き、足音が近づいてくる。アキくんのご両親が帰ってきた。 「あらあら、灯りも点けないで」 「アキくん起きて、また夜寝れなくなるよ」 調光のダイヤルをできるだけ小に戻してからお母さんは部屋の灯りをつけた。アキくんは人の気配と灯りに気がついて目を覚ましたがまだ眠そうだ。お父さんに抱き起こされてもアキくんはまだぼんやりしている。 「ごめんね、気を遣わせてしまって」 「いえ、あの、黙って帰るのも不用心なので待ってただけなので別に…」 ノートを片付けて帰る準備を始めると、アキくんがうおれの腕を掴んで引っ張った。 「あのね、今日アキくんハルくんと一緒にごはん食べる!ハルくんといっしょにねる!」 アキくんがさっき「今日はうちでごはん食べてお風呂入って一緒に寝よう」と言ったのは本気だった。 「いや、おれ何の了承も取ってないし、何も準備しないで来ちゃってるから、あの」 慌てて弁解しようとすると、逆にお母さんの方から「うちは構わないけど、おうちには連絡した?心配しない?」と返されて、言葉に窮した。 「それが、あの」 口ごもっているとアキくんが「あのね、ハルくん、学校に電話してたよ。でんきの?けいやく?がなんかなくなっちゃったんだって」とお父さんに伝えた。アキくんに悪気がないのはわかるんだけど、つらいし恥ずかしくて消えたくなってしまう。腹も正直立った。 でも、それに対してお父さんとお母さんは動じずに、顔を見合わせてふたり揃って明るく言った。 「そっかあ、じゃあハルくん、しばらくうちにいてもらっちゃおっか!」 「えっ」 驚いて目を瞬かせていると、アキくんがやったー!バンザイしてとソファの上に立って、ぴょんぴょん跳ねた。 「アキくん、危ないからソファであそばないの!」 「うん!」 キッチンにいるお母さんから叱られたアキくんは一旦ソファから下りて座り直して、座ったままぽよぽよソファの上で体を揺らして改めて喜んでみせた。

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