129 / 440
【1989/05 Salvation】⑫
そっと手にとって、パラパラと内容を検めて見る。何がなんだかさっぱりわからない。この記号なんだろ、なんて読むの?そもそも書いてある文章題の内容を読んでも何の話だかよくわからない。だめだ、クラクラしてきた。
そんな状態のおれをよそに、アキくんはテレビの電源を入れて、外部入力でゲーム機の画面を起動した。
「ハルくん何のゲーム好き?やりたいのある?」
「え、おれゲーム機持ってないしあんま遊んだことない」
アキくんの傍らに座ると、比較的ルールがわかりやすい、初見でもすぐに遊べる感じのゲームが多い。時間がかかる、長時間取り組まないといけないゲームでは遊ばないようだ。
あんな問題が載ったテキストを解くことを遊びにしてしまっているくらいなんだから、楽しくてそこまでゲームにばかりかまけている暇はないんだろうな。
「ハルくんは普段おうちで何して遊んでるの?」
そういえば此処数年なんて、遊んだこと自体ないかもしれない。
小学校の最初のうちはそんなに家のこと丸投げされなかったし、学校でも遊んで、帰ってからも誰かの家行ってゲームしたり漫画読んだり、校庭や公園で遊んだり、割と友達も居て、そこそこ活発な子供だった気もする。
「特に、何もしてないよ。帰ったらシャワー浴びて、ついでに洗濯して干して、ゴロゴロして終わりだなあ」
回想してぼんやりしたまま呟くと、アキくんがパズルゲームをセットして、コントローラーをおれに差し出した。受け取ってキャラクターを選んでいると、アキくんがいきなり画面を遮るようにおれの前に顔を出す。距離が近すぎて何も見えない。
「じゃあハルくん、今日はうちでいっぱい遊んでごはん食べてお風呂入って、アキくんのお部屋で一緒に寝よ?」
あれ?なんかもう、アキくん的にお泊りする前提になってる?いや、それはちょっと。せめて一旦学校に今のうちの状況について連絡取りたいんだけど、どうしよう。
そりゃあ、帰ったってもう水しか出ないし、週末食べるものだって碌にないし、そうさせてもらえるなら本当にありがたい。そしたら学校への相談は週明けでもいいし。
「あ、うん…アキくんのおうちが大丈夫なら…」
答えると、アキくんは一旦立って、キッチンカウンターから電話機のコードレスの子機の部分を持って戻ってきた。
「じゃあおうちに連絡して?はい」
ほんとに親御さんに相談しないで勝手にそんなこと決めちゃっていいの?てか、アキくんはそんなこと知らないし、全く想定していないんだろうけど、うち誰も居ないんだよなあ。でもとりあえず電話借りれるのはありがたい。今の状況の説明も兼ねて学校にかけよう。
学校の代表番号にかけて、担任の先生を呼び出してもらうと職員室にはいなかった。代わりに典子先生が出たので、家の電気の契約がなくなってしまったこと、アキくんの家に泊めてもらうことになりそうであることを話した。アキくんの親御さんには先生から改めて話すと約束してくれた。
通話が終わって子機を返すと、アキくんは充電台に戻さずダイニングテーブルに置こうとしたので「充電器に戻さないと電池無くなっちゃうよ」と声をかけた。どうも適当にモノを置こうとする癖があるけど、指示するとちゃんと戻すことはできる。
「ハルくん、なんでおうちじゃなくて学校にかけたの?」
やっぱり聞いてたらわかるよな。
「うちね、親がいないんだ。もう、ずっと暫く」
「え、なんで?」
なんで、かあ。
「なんでだろうねえ」
アキくんがどんな酷い目に遭ってしまったのか先生方が説明ができないように、おれも何故こんな目に遭ってるのか説明できない。
ともだちにシェアしよう!