152 / 440
【1989/05 komm tanz mit mir Ⅱ】①
《第2週 土曜日 午後》
お昼ごはんのホットケーキはおいしかった。
甘いホットケーキは、大きなホットプレートで食べたい分量で自分で焼く用に言われた。アキくんの分はおれが焼いてあげた。
塩コショウをして焼いたベーコンやソーセージ、目玉焼き、塩もみして水に晒したキャベツの芯や玉ねぎとツナマヨネーズ、冷凍の果物、クロテッドクリーム(ってなんだろう?)メイプルシロップやジャムなんか添えて銘々に好きに食べるスタイルは楽しかった。
おれは早めに食べて、アキくんの両親が昼休みのうちに、おれは自宅に郵送物を取りに戻った。アキくんは一緒に行くと言ってきかなかったが、お父さんが宥めて、遊んで、必死に気を逸してくれたのでその間に出かけた。
電気、ガス、上下水道、固定電話、複数のカード会社、家のローンと思われる銀行からのもの、区役所からの各種税金関連、学校に払うはずだった教材費や給食費の集金袋、弁護士事務所と印字されている黄色や赤の封筒、裁判所の封筒。
よくわからないけど、相当まずい状態なんだろうなあというのは子供のおれでも判る。もしかしたら、この家はなくなるのかもな、とも直感的に思った。取り急ぎ戸棚の上に乱雑に積まれていた紙袋からできるだけ頑丈そうでサイズが合いそうなものを選んで重ね、二重にしてから全部突っ込んだ。
狭く折れ曲がった階段を上がって、おれの部屋の向かいの納戸からアルバムを出して、おれが個人的に手元に残したい、まだ幼い頃の楽しかった頃の写真や何かしらの記念で撮った写真と、そのネガを抜いた。
そして自分の部屋にあったこれまでの通知表や生みの親から送られてきていた母子手帳、臍の緒や足型、学習机に隠していた日記帳、その間に挟んだ封筒に隠していた現金を持って下に降りて、それも入れた。
途中で親が戻ってきたりしないか、心の何処かでヒヤヒヤしていたが、全くそんな事は起きなかったのでそのまま足早にアキくんのマンションに戻り、アキくんのお母さんに日記帳以外のものをすべてまとめて渡した。
「ご苦労さま、あとはわたしが内容見てお父さんと先生と相談して色々手続きするから。ご両親のフルネームの名前と、生年月日と、おうちの固定電話の番号と住所を教えて」
おれは日記帳の後ろのフリーページの一部を破って、言われた内容を全て書き出して渡した。
振り返るとお父さんに抱っこされたままアキくんは不安そうにこちらを見ている。
「大丈夫、アキくん、まだしばらくはハルくんうちに居てもらうから、何処にも行ったりしないよ」
お母さんが言うと、アキくんは頬を上気して嬉しそうに微笑んだ。
「アキくんはハルくん大好きなんだね、よかったね、学校に行って」
アキくんは声こそ発さないけど、お母さんに笑顔で頷いて答えた。
お母さんが袋の中を検めて、写真とネガを見つけると「アキくん、ほら!ちいちゃいときのハルくんがいるよ!」とアキくんに見せて呼んだ。
駆け寄ってきたアキくんが覗き込んで「アキくんもちっちゃいときあったの?」と言った。
「勿論!アキくんの写真もあるよ、あとで見てみる?」
「でも、アキくんなんにもおぼえてない」
「案外このくらいちいちゃい頃のことなんてそんなものじゃないかなあ、お母さんもこのくらいちいちゃいときのことは憶えてないなあ」
写真を通じて、このふたりが、目を合わせたりはしないけど、会話をしているのを始めて見た。思いがけず会話の切掛になれたのがなんともいえず嬉しい。
「じゃあ、お仕事終わったら写真探すね。明日みんなで見ようね」
「うん!」
満足したのかアキくんはおれの手を引いてソファにいるお父さんの隣に座り、一緒に見ていたと思われる問題集を手にとった。中2用のだけど、そこはまだ教わっていない範囲だ。
「ハルくん、あとでこのページいっしょにやろ」
「いや、それは多分おれにはちょっと難しいよ…アキくんが教えて」
アキくんは元気よく「いいよ!」と言った。
ともだちにシェアしよう!