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【1989/05 komm tanz mit mir Ⅱ】②

午後にはもう、午前中のことは夢だったんじゃないかと思うほどに、アキくんはいつものアキくんだった。 いろんなことを噛み砕いて丁寧に教えてくれて、その上でテキストにある例題を出し合って解いて、時には楽しく巧くはないゲームをして遊んで、昼寝をして、おやつを食べて、小さい頃のおれの写真を見て話を聞きたがるので当時の楽しかったことをいろいろ話した。 夜になってアキくんの両親が戻ってきてから、二人でダイニングテーブルを使って一緒に晩御飯の支度も手伝った。いつもアキくんに絡まれっぱなしだったお父さんはその間久しぶりにひとりでのんびりお風呂に入れてリフレッシュできたと喜んでいた。 晩ごはんは水を切って冷凍しておいた豆腐や長芋なんかを使って作った団子を肉の代わりにして作ったハンバーグ、というかフライパンそのままのサイズでオーブンで焼いてあるミートローフ的なものだった。中に刻んだ野菜が入って、その他にもオーブンで焼いた野菜が添えられていて、結構すぐお腹が一杯になった。 スープも顆粒のスープストック溶いて油分をちょっと足して加熱済みのカットトマトを混ぜただけのものだけどあっさりしてるのにおいしかった。すっかり満腹になってソファでぼんやりしていると、デザートとして徐ろに冷凍のブルーベリーを入れたヨーグルトが出てきた。 毎食毎食こんなご馳走三昧って、今までがひどすぎたせいもあるけど、つい「毎日が誕生日みたい」とぽろりと呟いた。 「お母さん、ハルくんが毎日誕生日みたいだって」 アキくんが態々それを報告する。 「あら、うれしいこと」 「はは、それは何よりで」 片付けや掃除をしながらお父さんとお母さんが相槌を打って、アキくんはおれの横にくっついてそれをニコニコ見ている。 絵に描いたような団欒を存分に楽しんでいる自分と、おれはいつまで此処でこうして暮らせるんだろうと、そして、これからどうなってしまうんだろうと畏怖する自分が居る。 おそらく養育が為されないのならおれは一時保護を経て養育施設行きになるんだろう。そうなればこの学区から離れないといけなくなるのかもしれない、アキくんと離れ離れになるかもしれない。 アキくんは一足先に大学に行ったりなんかしそうだし、会えなくなったらアキくんはおれのこと忘れてしまうかもしれないな。そしたらまたお父さんにべったりのアキくんに戻ってしまうんだろうか。 おれはずっと、自分はそういう感情とは無縁のまま生きていくんだと思っていた。でも違った。おれは人一倍嫉妬深くて、一度愛着を持ったものへの執着が強いのだとたった一昼夜で思い知らされた。 それが得られなかった故に知らなかっただけで、おれは受容されること、承認されることに飢えている。アキくんから与えられたことで気づいてしまった。 やがてすっかり夜も更けてアキくんと寝室に向かうと、着替えないうちにアキくんが背後から半裸で抱きついてきた。当然何も起きないわけはなくて、アキくんの唇が、舌がおれの頬から首筋を辿る。 照明を切って、どちらからともなくベッドの中に潜り、暗がりの中手探りで互いの体を求めあった。 視界が塞がれ、閉じた空間の中でほかの感覚は一際、より過敏になって体を的確に支配した。

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