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【1989/05 komm tanz mit mir Ⅱ】⑤
《第2週 土曜日 明け方》
あのあと二人して気を失ったように眠りに落ちていて、気づいたらカーテンレールの上の隙間からうっすら青い光が差していた。
起き上がって、そのまま廊下に出るわけにも行かないので、昨夜部屋に入った時に用意されていたまま着ずにいた下着と寝間着を着て出た。
こんな早朝に勝手にシャワーを浴びるわけにもいかない。トイレに行ってから洗面所で給湯器のスイッチを入れて浴室の洗面器で借りてお湯を汲んで、給湯器のスイッチを切ってからタオルを入れて部屋に持って戻った。
寝間着を脱いで簡単に体を拭いて、再び着直す。それからアキくんに声をかけて、まだ夢うつつのアキくんの体を拭いてなんとか下着と寝間着を着せた。ついでにまたちゃんと拭かないだろうと思って顔も拭いておいた。
そして、そのお湯を捨てに廊下に出た時、間が悪く廊下に出てきたアキくんのお父さんに鉢合わせた。
「あれ、おはよう早いね」
「あ、おはようございます」
お父さんは手を伸ばし「片付けておくからもう少しゆっくり寝ておいで」とおれに言った。そしてぬるいお湯にタオルが揺蕩う洗面器を受け取ると続けて言った。
「アキくん、やっぱりスリップしてしまったなぁ」
スリップ?何の話だろう。滑るとかそういう意味?何から?
部屋に戻らず立ち止まっていると、お父さんは言った。
「ちょっとよかったら少し話そうか、アキくんに何があったか」
おれは頷いて、お父さんが片付けを済ませてリビングダイニングに戻る後を追った。ご両親の部屋との仕切りの引き違い戸は閉じられていて、まだお母さんは眠っている。
お父さんはおれのためにコーヒーにレンジアップした暖かい牛乳をたっぷり入れてカフェオレにしてスティックシュガー数本とスプーンと一緒に持ってきてくれた。お父さんも同じものを作って飲んでいた。
「あのね、なんとなくわかってたよ。ハルくんとアキくんが何しているのかは。でも、それ自体は実は予測できる範囲ではあったんだ」
やはり、お父さんに無闇矢鱈に絡まないことや、お母さんに対する関わり方の変化とか、おれへの甘え方とかでなんとなく気づいたんだろうか。
あと、やっぱ昨日のドアが鳴ったとき、お父さんが様子見に来て見ちゃったんだろうな。
「あの、ごめんなさい、おれ」
「ハルくんが謝ることないよ、僕たちの読みが甘かったんだ」
お父さんはオーブンレンジでトーストを焼いていたらしく、キッチンの奥から電子音が鳴った。取り出して半分に切って、バターとジャムを塗ってお皿に乗せて戻ってきた。
「さくらさん…お母さんがサラッとさ、言ったと思うんだけど、アキくんは女性に性的に乱暴されていた時期があってね、その影響で今も女性が怖いんだ」
「それは、学校で見ててもわかりました。やさしい養護の先生ですら固まって離せなくなってたので、どうしたのかなって思って」
トーストを半分勧めてくれたので有り難くいただいた。甘しょっぱくておいしい。
「だよね、でも、それだけじゃないんだ。病院を出てうちで安全に暮らせるようになってから、その時の影響で性的なことに異常に固執するようになってね」
まさか、お父さんに異常に甘えていたのも、おれを誘惑したのも、ああいうものを買い集めたり、動物の性行動に詳しかったのも、そういうことなのか。
「それでも、一時は勉強したりゲームしたり、他に欲しがるものは揃えて、やりたいと思うことは何でもやらせてあげていたら落ち着いてはきていたんだ」
それまでは、じゃあそういう物を買い集めて自慰していることもご両親は把握していながら泳がせて、他の対処で封じるため動いたということか。
「学校に通わせて一人の時間を減らすこともできて、出だしで校内でそういう問題も起こさず済んで、安堵していた。油断したよ」
「おれが、あまりアキくんを世話して親しくするべきじゃなかったのかもしれないですね、先生方に任せたほうが…」
そう言うと、それはすぐさまお父さんは否定した。
「寧ろ、先生方を信頼していないわけじゃないけど、周囲の大人をアキくんが誘引してそういう関係になることの方が恐ろしかったよ、同級生なら許容範囲さ。同じ年頃の友達や好きな人ができて親密になってそうなる方が余程いい」
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