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【2020/05 暗転】⑧
書庫に行くと、いつもどおり小曽川さんが淡々と事務仕事を進めており、おれは安堵した。
「小曽川さん、やっぱご協力できそうにないです。ふられちゃいました」
しょぼくれて肩を落として言うおれを見て、小曽川さんは隣の部屋に聞こえるようにバカでかい声を上げた。
「はぁ~~~!マジでクズだなもぉ~~~」
「え、いやいや、先生だけが悪いんじゃないですよ、おれもいけなかったんです」
テーブルの上には、おれが昨日先生の家のドアにかけてきた買い物袋が畳んであり、その上に蓋を開けた状態で菓子折りが置いてあった。
「あ、これ開けたんですね、おいしかったですか?」
「うん、休んでた子がレポ提出に来たんであげたら喜んでましたよ~、お礼言っといてくださいって」
よかった、無駄にはならなそうだ。
とりあえず椅子に腰を下ろして、スマートフォンで飯野さんにメールを打つ。
一通りの手続きや書面作成はできると思うので、鑑識としての教育や実務に入らせてほしい、署に戻りたいという旨を簡単に伝えた。
暫くして飯野さんから返信が来て、こちらも今後の業務のことで相談がある、一旦今週で大学の見学は切り上げて署に戻したい、藤川先生や大学には自分から伝えると申し出があった。
今後の業務、とは。おれはまた何かイレギュラーに巻き込まれるんだろうか。島嶼部へ転勤と言われたときも正直かなり動揺した。対処できることは大幅に増えたし、成長にはつながる経験だったとは思うけど。
戻ったら一体何をさせられるんだろうかと内心ちょっと不安だ。
「小曽川さん、おれは協力はできないですし、多分行けないけど、優明さんの結婚式、無事に先生呼んで楽しくやれるように祈ってますね。あと、小曽川さんの活動がもっと認められるように」
「え、長谷くんもう此処には来ないつもりなんです?」
おそらく今週で切り上げて署に戻ることを、小曽川さんには先に伝えた。そして戻ったら、今までもあったけどまた急に遠く行かされたり予想してなかった業務に回されたり泊まり込みになったりでゆっくりできないかもしれないことも。
「だからってわけじゃないですけど、藤川先生のことも、忙しくしているうちに忘れられるとは思うんですよ。初任科のときなんかもそうだったんです、落ち込んでる暇もなくて。多分大丈夫です」
そう言うおれに、小曽川さんは冷静に言った。
「長谷くん、あのね、大丈夫って言ってるときほど、大丈夫じゃないときなんですよ。長谷くん、聞き分けが良すぎですよ、もうちょっと怒ったって、腐ったって、悪態ついたっていいのに」
「本気で怒ったことなんて、思えばあったかなあ、ってくらいの感じなんですよね。小林さんも藤川先生も怒ってるの見たことなさげだったし、似たような感じなのかなって」
そんなとこだけおそろいだって、仕方がないんだけど。
「いやぁ、あの人は逆でしょ。もうありとあらゆることに怒りポイントが貯まりすぎてて麻痺しちゃってるか、感じたり考えたりするの意図的に止めてると思いますよ。長谷くんの感情のベースって悲しみとか諦めっぽいけど、あの人の感情ベース嘆きと憤りっぽいですし」
「…小曽川さんは何ベースなんですか?」
小曽川さんはしばらく宙を仰いで考える。そして「おれはまあ…だいたいのことめんどくさいなあ、でもあとでラクするためにやっとこ~、とか…そういう感じですねえ…怠惰ベース的な…」と呟いた。
「怠惰って、感情じゃなくないですか?」
「そうかなあ…」
のんびり話していると、ノックする音がして藤川先生が入ってきた。
「長谷、今、飯野さんから連絡があったんだけど」
「あ、早かったですね。今週いっぱいで一旦署に戻ります、明日改めて挨拶させてくださいね」
できるだけ努めて、平静を装って、笑顔を作った。しかし、先生の様子が変だ。
「そうじゃないよ、お前、戻ったら何やるか聞いてる?」
なんだろう、試験受けて専門教育まで受けて、大学で見学までやって、ようやく着任して実務入れるんじゃないの?
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