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【2020/05 暗転】⑨

「おれ、あくまでももっと長い目で見て検視官に育てていくつもりで、戻ったら数年は鑑識の業務かと思ってた」 「おれもそう思ってますけど、違うんですか」 藤川先生は腕組みをして、右手の拳を口元に当てて言う。 「確かにおれ、一通りの手続きや書面作成はできるし、結構見立ての方も理解できてるとは報告してたけど、そんなことなるとは思ってなかったよ…やられた」 「やられたって、いったい、どういうことですか?」 深く溜息をついてから、先生は説明した。 「飯野さん、一旦今週で大学の見学は切り上げて署に戻したいって言ったのは、署に置いてある必要なもの移動したり、長谷にしばらくここに入ってもらう手続きや準備のためで、実際にはウチで、検視や解剖やらせて叩き上げるつもりらしい」 そんな、もうキレイサッパリ明日でお別れだし、気持ちを切り替えないと…と思っていたのに、嘘でしょ。あんなきっちりふられたのに、先生のもとで引き続き経験積まなきゃいけないの…? 「ちょっと…それは…」 おれが混乱している横から、小曽川さんは「え、やだぁ~、気まずいじゃないですかぁ~」と代弁してくれた。そう、まさにそれです。 「てか。おれここの学生でもないのに、学費とかってどうなるんですかね…普通はだって、刑事やったりして十分経験積んでから警察大学校で法医学学んで…って流れになるはずなんですけど」 通常、検視は遺体や周囲の状況を調べて犯罪の疑いがあるか判断する刑事手続で、本来は検察官が行う。 一方で警察官による代行も認められていてその場合は検視官が行う。検視官は刑事経験10年以上または殺人事件捜査を4年以上経験し、警察大学校で法医学を修了している警視・警部が任官する。 しかし、実際には検視が必要なすべての遺体に対応するのは難しいので、一般の警察官が代わりに行うことも多い。 「学費はどうなるかわかんないから飯野さんから聞きなよ、飯野さんとしては逆に法医学学ばせてから、捜査員として捜査にお前を投入するつもりなのかもしれないし。まあ詳しくは一旦戻ったときに訊いてみなよ」 つまり、先生の予測の通りだとすればまったくの逆順、ある意味番狂わせになってしまう。志願してキャリアを積んでいる先輩方は黙っていないんじゃないか、これ。 上の言うことが絶対の世界で、飯野さんの指示とはいえど、そんなことしていいんだろうか。飯野さんの更に上はなんて言ってるんだ。本庁には話通ってるのか。 いや、それより。 「先生は、それでいいんですか?」 「何が」 「また暫くおれと関わることになるの、嫌じゃないですか?」 おれを顔をじっと見ていた先生が、珍しく口角を上げて歯を見せて笑った。 「筋がいいから単純に育て甲斐ありそうだし、いいんじゃない?てか慣れてきたら寧ろ学生より扱き使うかもしれないよ、おれ直接受け持ってる学生少ないし、長谷体力あるから」 「まあ、そこは確かにお力になれるとは思いますけども…」 謙遜していると、続けて先生は言った。 「てかね、お前が長期滞在となるとおれの年間の予定や計画が狂いまくるから、きっちりその分は働いてもらおうかな。とりあえず早く確認することはして、手続きして、うち引っ越してきなよ。あと長谷、部屋の契約切れるのいつ?」 「えっ」 自然な流れでスルッと言われて、一瞬何言われたのかわからなかった。 「同棲の話、もうなかったことになったのかと思ってました」 「勝手に決めんなよ、お前のことはふったけど、そんなこと言ったつもりはないぞ」  ふったのに同棲はしてくれるの?どういうこと? 「長谷くん、ダメですよお、こんな人の話に乗っちゃ。裏があるに決まってるじゃないですかそんなの」 「なんだよお、南は黙ってなよ。裏があるんじゃないよ下心だよ、下心」 先生、なんとなくわかっては居ますけど、そこはもうちょっとオブラートに包んでください…。

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