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【2020/05 道連れ】⑧

《第3週 木曜日 深夜》 目が覚めると日付が変わっていた。夢は見なかった。先輩はまだ眠っている。 ベッドの上に置いてあった備え付けのワッフルガウンが床に落ちていた。拾い上げて着てから、入口傍で脱ぎ捨てたままになっていた衣服を拾いに行く。 拾い上げてハンガーにかけ、クローゼットに備え付けられていたスチーマーで皺を伸ばした。ものはついでなので先輩の分も同様にかけておく。 片手間にポケットからスマートフォンを取り出して通知を見ると、小林さんからのメッセージがあった。 「構いません、お時間あるときにまたご連絡ください。」 その他にも心配したり、何か察したかのようなメッセージが数件入っていた。長谷、ハルくん、緒方先生、南、お母さん、飯野さん、その他にも同業者や仕事や研究で関わっている各方面の関係者からも。 しかしもう深夜なので返信は後ですることとして、鞄の中から取り出した充電ケーブルとアダプターに繋いで、スチーマーのコンセントを抜いて空いた差込口に挿した。 竹芝埠頭から向かい側の埋立地のエリアを眺める。手前から勝どき、晴海、豊洲、有明と連なっている。直人さんのタワーマンションもここから見える。おれは何度もあの場所に通っていた。 あの部屋からはオリンピックの競技会場や選手村も見える。出来上がっていく建造物や設備を見て、のんきに「ほんとにやるんだな、楽しみだなあ、うちから見えるかな」などと目を輝かせて言っていたのを思い出す。 でも、もうあの部屋に行くことはないのかもしれない。それが何故なのかはわからないけど、なんとなくそういう予感がしている。もしかしたら、もうあの人達に会うこともないのかもしれない。 直人さんが消されるかどっか飛ぶか、これ以上巻き込まないためにおれにもう関わるなと言い出すか、混乱が収まる前に娘の輿入れが終わって通う必要がなくなるか、…おれも消されるか。何れにせよ。 喉の乾きと空腹を覚えて、備え付けの冷蔵庫を開けるが何も入っていない。この周辺は店らしい店もなく、近隣のオフィスビルのコンビニも大体24時間ではない。汐留まで戻らないと何もない。 おれは眠っている先輩のところに戻って肩を揺すった。幸い先輩は寝起きがいい。 「ねえ、先輩、起きて」 「ん?どしたん。起きてたんか」 おれの腕を引いて傍らに座らせると、抱きついて凭れかかった。 「うん、あのさ、なんか飲みたいし買いに行きたいんだけど、おれが今出歩くのあんまり良くないから行ってきてほしんだけど」 「なんやぁ、パシらせるのに起こしたんか」 誂うように言って、おれの頭を撫でて、鼻先に口づける。 「や、その…昼間さ、学校のおれの部屋がある棟で発砲事件あったの、知ってる?」 「はは、そらぁ知っとるよ。正直迎え行って姿見るまでちょっと心配やってんで」 起き上がってクローゼットに服を取りに行く。 「お、綺麗にしといてくれたんや、ありがとうなあ。あれ…おれ、眼鏡何処やった?」 「なんか床にほっぽってたましたよ、ジャケットの内ポケットに入れときました」 先輩は取り急ぎインナーとシャツとスラックスだけ着て、靴を履いて、眼鏡をかけて、スマートフォンだけ持ってスルッと出ていった。いらちではあるけど、その分瞬発力があるというか、フットワーク軽い。 しかし、おれが何がほしいのかとか全く聞いていかなかった。 スマートフォンを充電ケーブルに繋いだまま画面を眺めて待っていると、案の定先輩からメッセージが届いた。 「何がほしい?水?お茶?なんか食べたいものはないの?」 相変わらずすぎてつい笑ってしまう。 「ノンカフェインのお茶とかお水と、ココア味のミルクプロテインはほしいです。あとさすがにちょっとおなかすいたのでカップのコーンスープとかたまごサンドあったらほしいです。」 「わかった。なかったらコンビニも見てくるわ。危ないから戻るまでドアガードをかけときなさいよ。」 誰も居ない空間で「はーい」と言って、言われたとおり入口のドアガードをかけてから、スマートフォンを充電ケーブルから外してベッドに戻った。 寝転がって、まだ見ていなかったメールやメッセージを確認する。 長谷のメッセージ件数が凄まじい。開いてみると、思いの外夜遅くなってからメッセージとスタンプが送られてきている。 「先生、遅くなってすみません。ジムに居たんですが、やりすぎてバテてました。」 というメッセージの下には、2頭身くらいの丸っこい柴犬がしょんぼり俯いているスタンプが表示されている。 そして、おれが送っていた「これまでの所業知られた上でクビになる前に先手を打って責任とって前期いっぱいでの退職すると思う」というメッセージを引用する形でコメントが添えられていた。 「先生のとこで引き続き面倒見てもらうって話はどうなるんですかね…飯野さんにはそのことお伝えしたんですか?」 それはまだなんだよなあ。明日は朝イチで先ずそこからだ。あと、同時進行で緒方先生を捕まえないと。 流れを考えてToDoと作成していると、通知が表示されて、先輩から買ったものの画像が送られてきた。 そうだ、その前に先輩に根回ししてもらわないといけない。本来の目的を忘れないようにしないと。

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