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【2020/05 道連れ】⑨

やがて扉をノックする音がした。 ドアスコープを覗いて先輩の姿と、不審な気配がないことを確認してドアガードを外して扉を開ける。何やら頼んだわけでもないものまで色々買ってきたらしく両手いっぱいに袋を持っている。 「何買ったんですか?」 「いや、普段ああいうとこ行かへんし、なんか楽しなって買ってもうた」 笑いながらテーブルに買ったものを並べる傍から、おれは自分の頼んだものを取って確保した。 とりあえず水のボトルを開けて飲みながら買った物を見ていると、レトルトの白粥に釜揚げしらす、カットフルーツ、杏仁豆腐、イオン飲料、ツナ缶など比較的おれが食べそうなものばかりだ。 そして先輩が自分で食べるためのファストフードのセットにカップ麺やらおにぎりやらと、食塩や果汁が無添加の野菜ジュースにサラダにちょっと良さげな地ビール。セットドリンクはおれと同じノンカフェインのお茶らしい。 他にも期間検定っぽいお菓子とか、ファミリーパックのお菓子が大量にあった。 「こんな時間にそんな食べるんですか?てかなんなんですかその他の量…」 「いや、全部は食べへんよ。素泊まりで朝食出ぇへんし、朝の分。それと、それは仕事場置いとくやつだからやらんで」 まあ、それもそうか。 先輩は地ビールのボトルを手にとって蓋を引いて開け、喇叭飲みしながらポテトを摘む。おれも頼んだたまごサンドの封を切った。 「じゃ、そろそろ今回なんで呼んだのか聞こか?言うとくけど発砲事件の犯人探しはできんよ?おれ、おまわりさんちゃうし」 「それはわかってますよ」 たまごサンドのペーストの甘さを味わいながらできるだけちゃんと噛んで食べる。たまに好物を食べるとよく噛まず丸呑みにして、あとで後悔することが多い。胃の調子が悪くなったり、吐き出したくても吐き出せなかったりする。 無言でたまごサンドをちまちま食べているおれをじっと見て先輩が言った。 「一時期ちょい健康そうに見えてたんに、またなんかえらい窶れたなあ…てか、お前も見た目ちょい年相応に近なってきたな。まあそれでも30代なかばに見える程度やけど」 「老けたってことですか?そりゃおれだって40過ぎてんだから当たり前ですよ。がっかりしました?」 口の周りについていたペーストを指で拭って先輩が舐める。拭われた部分は感覚が鈍い。どうしても変えたくてリスクが高いことを承知で無茶をした代償だ。そんなに大きく変えたわけじゃないけど。自分でも触ってみるとやはり感覚は鈍く、確かに触れているのに、局部麻酔がかかったままになったような感じだ。 「や、そうじゃないんよ、なんか、よう生きてるよなあって。前の依頼片付けたとき、正直、こりゃもう会うことないかもしれへんな~って思とったからな」 「はは、ひどいな。野垂れ死ぬと思いました?」 最後の一欠片を口に運ぶと、先輩は栄養を気にしてか野菜ジュースをおれに手渡した。 「だって、そりゃおとんが入院するからおかんが成年後見でいろいろ使えるようにしておきたいって話だけならまだしも、いっつも死ぬ死ぬ言うとった奴に自分の遺産の分与も今のうち全部決めておきたいって言われたらそらぁ」 「いや、だって何があったっておかしくないですよ、昔なら病人はバタバタ死んでる歳ですし」 ストローを取り出して差込口に突き立てて啜る。少し青臭い風味が甘い後味に満たされていた口内を洗い流していく。 「てかその乳首なんなん…そないな子今まで見たことあらへん…びっくりするわ…そんな事する子が言うことちゃうやん…」 「ははは、まあそう仰らず今回もお願いしますよ。てか、先輩もちょっとたるんできましたね…いろんなとこが…」 そう言った途端、脇腹を擽られて飲んでた野菜ジュースで噎せた。 「もぉ~口が減らんなぁ…料金割増したろか…」 「だから、言い値でいいって言ってるじゃないですか」 こぼれた朱色の液体を買い物袋に入っていたおしぼりで拭き拭き、おれは本題の話を始めた。

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