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【2020/05 道連れ】⑩

「まあ、先ず、今日の発砲事件についてなんですけど、狙いはおそらく自分です。」 「それは何、なんか確証あんの?」 指についた塩を紙袋の中で払ってから、先輩はメインのバーガーの包みを開ける。フィッシュバーガーだ、いいなあ。魚だったらおれも食べたかった。じっと見ていたら顔に出ていたのか、千切って少し分けてくれた。 「売春してるって話、付き合う前にしてたじゃないですか。あれ、今も続いてるんですよ」 「いや、それ、なんでまだ辞めてへんの。もう十分稼いでるやろ今」 手元のバーガーをがぶりと一口含んで、モゴモゴしたまま先輩が言う。 「そういえば、先輩には言ってないですよね、してるのは言ったけど、その理由とか。あと、事件のことも詳しくは全然」 「そらまぁ訊けんよ、つらそうやったし、話すの」 もらった一口大のバーガーの切れ端を口に入れる。その傍からまだ半分くらい残ったポテトやツナ缶を差し出して「食べる?」と先輩が身振り手振りで示す。もう十分食べたので首を左右に振った。 「そもそもおれが売春はじめたの、遊ぶカネ欲しさでもなくて、生活とか学費のためとかでもなくて、娘のためなんですよ」 「はぁ、そら初耳やわ」 先輩はちょっと目を丸くしながらも冷静だ。 「で、娘の話すると、事件のこと言わなきゃいけないんですけど」 「…ええよ、話さんでも。ごめんな、気になってだいたい調べとってん」 不思議と嫌な気持ちはしなかった。長谷には申し訳ないけど、付き合いの長さの違いだとは思う。 「どの辺りまでですか?」 「まあ、概ねよ。もともと中学出てすぐ大検とって、前倒しで大学入って、自分の身に起きたことテーマにして心身削って自傷でボロボロんなりながら学部生の早いうちから独力で研究取り組んで、法学にも質問に来てたいうし、薬学とか医学とかのほうにも顔出して色々訊いて回ってたやろ。結構いろいろな意味で、随分評判になってたさかいな。駒場んときもマスコミ来たりしてたいうし」 なんだ、じゃあ、食堂で出会う前からおれの存在自体は知ってたのかな。 「じゃあ、話さなくていいですかね」 「いや、その娘ってな、誰との間の子なん?今どうしてるんその子」 口の中のものをビールで流し込んでから、カップに入ったお茶を取り出してストローで啜る。朝までに酒抜けないと車で帰れないもんな。 「当時の報道とかには出なかったんですけど、おれと事件の加害者の間の子です。おれは女性の加害者に脅されて性交渉に応じました。加害者は出産後に獄中で自死してます。おれの助手がその、娘を引き取った家の長子で、引き取ったのがうちの父の知人なんです」 「ああ、全く知らん家にもらわれたわけじゃないんや。しかもそこそこ太そうな家なんに、なんで態々自分で養育費稼いでんの」 まあそれはそうなんだけど。 「生まれついて出自に重いもの背負わせてしまってますから。おれが無力だったせいで」 「いや、それはしゃあないやろ、そもそも事件当時まだ子供だったやん」 自分の手や腕の側面に残る太い瘢痕化した傷痕に無意識に目が行く。 「でも、自分が耐えられなかったんです。身を切り売りしてでも何かを差し出さないと。…娘が無事結婚したらやめるつもりでいました。もうじき結婚します。おそらく年内に」 「相手に、その話切り出したら逆上されたとかそういうアレなん?」 傷痕を見つめて少し俯いたまま、首を左右に振った。 「いえ、そうじゃないんです。あと、ここまでの話は前提で、こっからが本題なんです」

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