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【2020/05 道連れ】⑪

顔を上げると、先輩が真剣な目でおれの顔を見ている。 「その人の部下の出所に絡んで、収監された当時に袂を分かって組織をはぐれた一派が抗争を仕掛けてきていて、発泡事件はその絡みです」 「敵対組織からの脅しちゅうことか」 部屋は喫煙可なので灰皿が備えてある。先輩は一旦立ち上がり、シャツの胸ポケットから煙草と、おれが昔あげたヴィヴィアン・ウェストウッドの細いメタリックなブルーグリーンのライターを取り出して、灰皿と一緒にサイドテーブルに持ってきた。 「ええ。その一派を率いてる人間は、部下が代わりに捕まっておれのパトロンが刑を逃れて上にのし上がったことに不満がある。そしてゲイであることを知ってて、おれの存在も知ってて、おそらくおれも知っている人間です。正直、目星はついてます」 昔から吸っている、当時と変わらないデザインの紙パッケージのタバコ。指で底を弾くと一本取り出し口から吸口が飛び出す。それを唇で軽く咥え、吸いながらライターで炙るとともに火が点り、薄紫色の煙と嗅ぎ慣れた匂いが部屋を漂う。 「それ、今日警察には」 「言えるわけがないじゃないですか」 半笑いで答えると、先輩は再びパッケージの底を指で弾き、一本おれに勧めてくる。貰って咥えると、手で軽く覆いながらライターで火を点けた。直人さんが吸っているものよりも重いので、火がつく程度軽く浅く吸ってすぐに煙を吐き出した。口の中に辛さと苦味が残る。 「明日午後、大学の役員会にかけられることになったんですが、おそらく大学側もおれの噂は色々知ってるんで、根掘り葉掘り尋問されるであろうことは予想しています。言い逃れはできないのでこれまでの所業知られた上でクビになる前に先手を打って前期いっぱいでの退職を申し出ることになると思います。医療法人の役も降ります。その上で警察に行って今回発砲事件が起きた背景と、指示をした人物について話します。先輩には、その時ついてきてほしいんです。大学は愛宕署の所轄なので、そこか、知り合いがいるので高輪署で」 「参考人として招致されたり消される前にリークするちゅう事か」 もう一度吸口に唇を寄せて軽く吸い、再び煙を吐き出す。先輩の唇と同じ匂いがする。 「はい。辞めなければ抗争に巻き込まれて殺されて、これまでの所業や過去の事件のこと知られてスキャンダルになって学校や親の立場や品位を貶めることになりかねない、それは避けたいんです。連携してもらうのはパトロンの自宅がある有明の湾岸署、知り合いがいるのもあるんですが、発砲を指示した人物がおれが転居したことを把握してなければ元住んでた物件も狙うと思うので高輪署、彼の妻が芸能プロダクション持ってるからその所在地の管轄の麻布署、いずれも港区で少なくとも4つ。あとはうちの現住所の管轄の新宿署ですね。親がやってる病院や施設は流石に狙わないと思いますけど、相談はしときたいかな」 「だとすると、その中だったら知り合いがいるとこ通したほうが話としちゃ早いとは思うけど、その人、そういうことしてるの知ってるんか」 ちょっと喉がいがらっぽく感じる。ペットボトルの水で喉を潤してもなんとなく苦い味がした。 「知ってると思いますよ。その人、あの界隈のソタイずっと渡り歩いてる人で、公安とも繋がりが深いです。しかもあの事件の当時のことも知ってるんですよ、おれを助けたおまわりさんの後輩なんで」 「なるほどなあ、したらやっぱそこで話したほうが良さげやな」 まだ半分ほど残ってはいたが、おれは煙草の先を灰皿に軽く押し付けて火を消した。偶にしか吸わないからちょっとくらくらしてきた。

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