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【2020/05 炬火】①
今の時期は日の出が4時半前後で、気温的にも朝ひとっ走りするにはちょうどいい時期だ。しかし、昨日やりすぎたので今はそんな余力はない。
おれは結局、疲労感が残って怠いのに深く寝付けぬまま朝を迎えてしまった。寝不足もいいところだ。今日は座学や話し合いで一日終わりそうなのに、こんな状態で行ったら、大事な話の最中に途中で眠くなって気を失ってしまいそうだ。
冷蔵庫からスポーツ向けに特化されたドリンク剤を取り出して飲む。本当なら運動前に飲むと効果が高いんだけど、今はコーヒー淹れるのも面倒なのでカフェインを摂るつもりで代わりにとりあえず飲む。
充電が完了しているのを確認して、後1時間ほど後に設定されていたアラームは解除し、そのあと藤川先生や小曽川さん、飯野さんからの返信に改めて目を通した。
藤川先生からはおれが送っていた「先生のとこで引き続き面倒見てもらうって話はどうなるんですかね…飯野さんにはそのことお伝えしたんですか?」というメッセージを引用して「まだだよ、明日朝連絡する。」とだけ返ってきていた。
小曽川さんからは「何か動きがあったら教えてください。こちらも何かあれば随時連絡します。」と来ている。飯野さんからは「日中は他の業務もあるので早めに来れるようなら連絡するように。」と来ていた。まだ早朝なのでそれぞれに取り急ぎ「了解しました」とだけ返信した。
悲しいことにおれには炊事能力が殆どない。家で炊事を手伝った事自体少なく、高校時代も寮住みで、その後も殆どが配属先と同じ建物や敷地内の寮住まいというのが多かったせいもある。
実のところ一人暮らしになったのは5年前に父が亡くなって、都心の勤務に戻してもらってから、休みの都度実家に行っては地道に資産関係の引き継ぎの手続きをしたり、物品や土地建物の処分を進めて、重要なものはトランクルームや貸金庫に全部預けて、全てが終わってからだ。
別に、寮に戻っても良かったけど、もう誰かと暮らすということ、常に人の気配がある、誰かが生活スペースがいること自体が、なんか嫌だった。心身ともに弱って疲れてしまっていたんだと思う。最低限の持ち物だけでここ2年ほど暮らしてきている。
あと、男ばかりの環境で自分の欲求を抑え、署内や寮内の人間に性的指向を覚られないよう暮らし、休みの度に身元がバレないように気を遣いながらもどこかで発散するしかない状態をずっと続けていくのもしんどかった。
自分のような人間はまた衝動で何をするかわからない。押し殺して、隠して生きるしか無い。気になる相手ができてもその感情は無視して、欲求はそれを仕事にする人に対価を払って解決すると決めたおれには、それを貫くには、仕事と直結した場所で生活するのは心理的負荷が大きかった。
あれこれ言っても言い訳にはなってしまうが、できないものはしょうがないので、着替えもせずスマートフォンだけ持って近所のコンビニに向かい、たまごサンドとサラダチキンとパック入りのサラダと野菜ジュースを買ってきた。
戻ってきてテレビをつけると同じニュースを繰り返し流すばかりで、どの局も特に面白いものはやっていない。しかし職業柄一通り目を通し、気象情報なども確認する。ここ最近は、流行が広がりつつある感染症の話題がメインニュースになりつつある。
そういう中でも、昨日の大学構内での発砲事件のことも結構大きく取り上げられていた。それはそうだ。何しろ、在京の指定暴力団や関連団体の間には現在は銃器使用を認めない協定のようなものが出来上がっているので、狙撃事件というのはそうそう起きないからだ。
しかも一時期報道が加熱した時期があった影響で抗争が激化したことがあるので、厳罰が下りそうな裁判がない限り積極的には取り上げない。近年は実話系の雑誌自体も減り、扱いも地味になりつつある。
こんな状況だし、通常ならそんな大きく取り上げるべきではない。でもこうなったということは、今回の件、おそらくは背後に大物が絡んでことが大きくなりつつあるか、そういった組織から外れた別の存在が動いているなど、何らかの事情がある。
そして藤川先生はそういう事情に巻き込まれている、或いは巻き込まれるようなことをしていた、ということでもある。それも、かなり前から、長い間。
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