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【2020/05 炬火】②
先生の娘である優明さん、修士まで出てると仮定してももう社会に出て10年くらい経ってるだろうし、それなりに大きなところにお勤めしているし、そこそこ稼いでるし、お兄さんである小曽川さんと一緒に実家住まいなのに、なんで先生は頑なにやめなかったんだろう。
そもそも自分だったらそんなことしただろうか、そんな律儀に挨拶に行ったりしなきゃいけないとか、仕送りや贈り物をするような献身的な気持ちになれただろうかと思ってしまう。他の家で育ててくれているならいいじゃないかと思ってしまう気がする。
負い目や罪悪感があったのかもしれないけど、でも、当時は子供だったわけだし、家族が殺されたのだし、自分も殺されかねなかったと思えば仕方がないことであって、先生がそこまで背負わなければいけない訳じゃないと思ってしまう。先生はそれでは気が済まなかったんだろうか。
もしかしたら、大石先生のように特別養子縁組して迎え入れられたはずが養育を放棄されたり、実子である小曽川さんと差をつけられたりしていないか心配だったりしたんだろうか。或いは学生時代いろいろなケースを見聞きする機会があったりして、それ故に不安があったんだろうか。
でも、そこまでしたのに、結婚式には出ないって意地張ってるのもよくわからない。先生には色々訊いてみたいことはあるけど、もう「おれのこと知りたかったら、おれが死んで預かりしらん状態になってから、墓を暴くつもりでやれ」とまで言われた身としては言いづらい。
それ以前に、今後どうなるかわからない。
大学戻れない、先生と暮らす話も御破算、結婚式の出席を説得するのも無理ってなったら、また仕事と勉強とジム通いばかりの日々に戻るんだろう。先生のことは忘れて、またいつもどおり欲求は対価を払って解決してやり過ごすしか無い。暫くは落ち込んでしまいそうだ。
あれこれと考えながら食べていたら、なんとなく眠くなってきた。しかし二度寝したら絶対に起きれない気がする。片付けて、部屋中の可燃ごみを集めて、収集場所に出してからやや肌寒く感じる程度の低い温度の温水でシャワーを浴びた。
それでもまだ当初起きる予定だった時間の5時半を回ったちょっと過ぎた程度だ。品川駅から署に向かう途中にある京急EXCELのロイヤルホストだと朝6時半から開いているので、そこで飯野さんと待ち合わせしたい旨を連絡する。
5月の中旬から一ヶ月ちょっと署に一切立ち寄っていなかったので、飯野さん伴って出勤するほう安心感がある。暫くして了解の返事が来たので手早く着替えて、持ち物をチェックして、そのまま家を出る。途中コンビニでコーヒーを買い、飲みながら向かった。
地図では徒歩での移動は17分かかると表示されていたが実際にはおれの歩幅と歩く速さだとやや早くて到着するとまだ開店前だった。植え込みの縁に座って開店を待っていると、飯野さんがほぼ開店時間ぴったりに来た。
「あ、お久しぶりです、おはようございます」
立ち上がって頭を下げて挨拶すると、開口一番「おまえ、クマ出来てるぞ、大丈夫か」と言われた。おれが正直に「大丈夫…ではないですね…」と返すと、飯野さんは溜息交じりに笑った。
「ま、詳しくは中で聞くか」
開店時刻になり施錠が解除され、店員さんが出てきた。誘導されて中に入り、席に着いた。
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