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【2020/05 炬火】⑦
親御さんが。
…そのとき思い出したのは、小曽川さんが話してくれた、嘗ての先生のことだ。
優明さんのために小曽川さんとこに二十歳の先生がケーキを持って来ていた。その暫く後、駅で泣いているのを見た。それから家に来なくなったという話。売春の件について先生の親御さんから小曽川さんとこにリークがあって、そのためだと。
その話のとき小曽川さんはこう言っていた。
「先生の親は、ウチの親から言ってもらえたら気まずく感じてやめてくれると思ったんですかね。そんなの直接自分たちで叱るなり、言えばいいのに」
高輪署にその相手が暴力団関係者であることがリークされたのが33歳の時、ということは少なくとも13年間、先生の親御さんは先生を泳がせていたことになる。あくまでも、本人には直接は何も言わないで。
しかも、大石先生から聞いた話だと、中学時代に家に呼び寄せた大石先生と肉体関係を持ってたことも、認識しつつも知らないフリをしていたわけで、かなり異様だ。
14歳から33歳まで約20年間、乱倫を放擲していたことになる。保護者として、或いは治療者としては止めるものではないのか。
モヤモヤしながらファイルを捲っていくと、次に出てきたのは暴力団関係者のデータだった。
征谷直人。本名は郭忠偉(Zhèng zhōngwěi)。現在の■■会系の上位組織のトップ。現在の職位は会長。想像したより穏やかで品のある、見るからに頭の切れそうな人物だ。
内縁の妻が芸能事務所で興行事業者である株式会社リブラの代表、安斎由美子。華やかな世界で事業をしている人にありがちな派手さはなく、凛とした雰囲気のきれいな方だ。
当時の総裁はその父、安斎重盛。紋付袴で写っている写真は、一般人が想像するヤクザの親分そのものだ。死去して以降はこのポジションは空席になっていると記載されている。
「飯野さん、狙った側の情報って、この」
「そうじゃない、それは藤川玲が関係を持っている相手の情報だ。関係を持った当時は本部長、下位の二次団体〇〇会の総長への昇格を控えた若頭だった。もっというと、藤川玲が売春契約をしたのは18歳になって間もなくだ」
実に、25年間にも渡って反社会的な人物と交際していることになる。
先生の大学の研究室の書庫には、職業柄法律関係の本もたくさんあった。医師法の書籍には医師国家試験や医師国家試験予備試験の受験資格を有する者の規定、医師免許取消の規定についても記載があった。
医師法第7条第2項、同条第4項
医師が、下記各号のいずれかに該当するときは、厚生労働大臣は、医道審議会の意見を聴いたうえで、戒告、三年以内の医業の停止または免許の取り消しの処分をすることができる。
一. 心身の障害により医師の業務を適正に行うことができない者として厚生労働省令で定めるもの
二. 麻薬、大麻又はあへんの中毒者
三. 罰金以上の刑に処せられた者
四. 前号に該当する者を除くほか、医事に関し犯罪又は不正の行為のあつた者
反社会勢力との関わりについては規定はなかった。別に先生は売春したことで摘発され刑罰を受けたわけでもない。でも、それにしたって家族も周囲もある程度知っていたわけで、それは、倫理的にどうなんだ。
「安斎由美子は親と征谷の顔を立てるため、仕事をしやすくするための手段として、征谷がゲイで少年趣味のサディストだと知っていながら内縁関係になった」
そもそも、そんな相手とのプレイ、自傷行為の延長のようなものじゃないのか。只でさえ、当時先生のメンタルは相当病んでいたはずで、業務を適正に行う事ができる状態だったのか怪しくないか。
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