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【2020/05 炬火】⑥
坂道を登って高輪台の住宅街を歩く。既に5月も後半となると歩いているとじわじわ暑くなってくる。個人的にはもうそろそろ夏用の服装じゃないとつらい。
到着すると、基本24時間誰かしら居て稼働している場所で、特に部署柄バタバタしている班もあり、まだ朝早いということを忘れそうな雰囲気だった。
うちの係は朝8時半に出勤したら翌日の朝8時半まで拘束されて、昼くらいに上がって、翌日は休み、その次は日勤という勤務形態で、しかも何かあればそれはそれで呼ばれたりもする立場だ。
でも飯野さんのとこはもっとハードで、明けもフツーに夜まで仕事だし、2週間くらい休みがないのはザラ。正直よく体がもつなと思う。
おれはというと、今は研修やら見学やらで時間固定で日勤フルタイムにしてもらってるので、おそらく今までの勤務の中で一番、これまでとは比較にならないほどに楽でのんびりした生活をしている。
島嶼部でおまわりさんしていた頃もまあまあだったけど、あれはあれで都心で暮らすのと違う苦労があった。自分の性的指向を恨めしく思う出来事もあった。
定時での勤務は父の状態が本格的に悪くなって一時的に警務係で内勤させてもらった時期以来だ。あの頃は職場と病院と自宅の行き来でストレスがすごくて、一番荒れた生活をしていた気がする。
機動隊時代は突如訓練日になったり、事件や災害の呼び出しで休みがなくなることもしょっちゅうだった。それに比べたらどこもマシかもしれない。しかもおれはバスケ部に入っていたし、初任科と同じくらいプライベートがなかった。
おれは捜査やソタイの人間ではないし、本来は行動服に着替えて現場出たり、別室で分析作業したりなのだけど、今日は「そういう話」なので飯野さんが普段詰めている暴力団対策、暴力犯捜査のデスクにいた。
「あの、訊きたいことがめちゃくちゃあるんですけど」
「まあ待て、会議室で説明する」
飯野さんはラテラルや机脇のキャビネットから資料を出し、フロアの隅にある会議室への移動を指示した。おれを先に入室させてから自分も入室し、後ろ手で施錠した。
「で、なんだっけ。狙った側の情報って言ってたか」
「あ、はい」
手近な長机にファイルを置いて、おれに座るよう促す。
「いきなりそこだけ話してもわからんだろ。それより、先ず前提として、本来、今回の発砲事件にはこの署自体は直接関与しない。あくまでも管轄は愛宕だ。藤川玲が絡む事件とは言え、スタンドプレーはするな。そこは肝に銘じてくれ」
「わかりました。飯野さんは、いつ頃から先生がそういう世界とつながりがある人だってこと知ってたんですか」
ファイルを開き、インデックスごとバサバサとめくって、あるページを飯野さんはおれに示した。
「それが大凡10年前、ちょうどお前が高校出たのと同じ頃。藤川玲が33歳の頃だ。だから、割とまあまあ最近だよ」
ファイルをそのページから見ていくと、そこには、建物の写真と、住所の記載。そしてその物件の登記。そして住民票の写しがあった。物件の所有者は藤川さくら、住民票の世帯主が藤川玲となっている。
「あいつ、中学卒業と同時に親が所有する高輪の旧いマンションに引越して、そこで少なくとも2010年頃までは暮らしてたのはわかってる。そして藤川玲の不審な行動については、2008年に情報提供があった。提供は国試に受かった年。提供者は、藤川の父母だ」
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