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【2020/05 炬火】⑤
「飯野さんは、事件のことも、先生が手癖の悪いゲイだってことも知ってたんですよね?知っててなんで、おれをあの人に会わせようと思ったんですか?」
好きなものを食べ終えて、一息ついておれは日向夏レモネードを口にした。
「鑑識の募集にお前がエントリーしてるのは耳に入ってた。でもちゃんと受かって、まさか自分のところに来ると思ってなかったよ。偶然にしちゃ出来すぎているけど、ここまで条件が揃ったら、逆に会わせてみるかって思ってさ。理由はあってないようなもんだ」
「そんな、ひどいですよ。やらかしたおれと手癖の悪い先生を会わせて、何も起きないで済むと思ったんですか?ズタボロですよ正直、色んな意味で」
率直に恨み言をぶつけると、飯野さんは空になったアイスティーのグラスの氷をカラカラ鳴らしながら「なんだよ、信じてたのになぁ」と察したていでおれを見てニヤリと笑った。
「この写真は、いつ預けたんですか?」
おれは鞄の内ポケットから1枚の写真を出す。幼いおれと、母親が写った写真だ。
「最近だよ。見学始まってから一旦会ったから、そのときに返しておいてやってくれって預けた。長谷の机に置きっぱなしだったんだよ、休職したが最期で、戻ってこなかったからな」
「別に、そんなの、おれが署に戻ってからでもよかったじゃないですか。おれは、どうせそう遠からず戻ってくるんですし」
思わず溜息をついて毒づくけど、飯野さんは全く動じない。当たり前か。ソタイの人だもんな。
自分のグラスも空になりつつあったので、飯野さんに何を飲むか確認して、取りに向かう。手早く自分用に甘くないフレーバーウォーター、飯野さんにはアイスティーを選んで席に戻る。戻ってサーブするなり、飯野さんは今しがた藤川先生からメッセージが来ていると言った。
「大学、辞めるつもりで動くってさ」
徒歩移動や食事で適度に温まっていた体が、一気にすっと冷える感じがした。
「おれは、どうなるんですか」
「多摩にいる同僚の先生に引き継ぐとかになるんじゃないか。或いはとりあえず実務に必要なことは教えたから修了として署に戻るか。まだわからんけど」
そこまで言うと飯野さんは一旦席を立って、さっきおれが飲んでいた日向夏レモネードを少しだけグラスに注いで戻ってきた。そしてそれをアイスティのグラスに足した。旨いのかな。
「飯野さんは、知ってたんですか。先生が、そういう世界の人だってこと」
「そうだよ。だから態々、お前の親の葬儀をきっかけに近づいて繋がりを作っておいた」
なんだ、当時から知り合いだったわけではないのか。いや、そりゃそうか。事件当時はまだ飯野さんは警察官ではなかっただろうし、うちの父と一緒に働いていたといっても異動があるからずっと一緒だったわけでもないし。
「今回のって、ストレートに、先生を狙ったんですよね」
「いや、今回は直接狙ったわけじゃない。あくまで今後の姿勢を誇示するためだろ。本気でやるならあんなもんで遠くから建物だけ狙わない。22(口径)セミオートなんて本来、至近距離からか、数撃ちゃ当たるの狙うかするとき用だぞ」
それもそうか。先生が妙に落ち着いてたのもそれがわかってたからなのだろうか。でも、先生は室内に居たし、建物の状態は見ていないはずだ。あんな過去がある人だし、単純に肝が据わってるだけかもしれない。
「飯野さんは、狙った側の情報って掴んでるんですか」
「ばっかお前、それは此処じゃ言えねえよ、考えろ」
苦笑いする飯野さんにおれは頭を下げた。
「…そうですね、すみません…」
「いいさ、詳しくは着いてから話す。少し早いけど行くぞ」
机上の伝票立てからスッと伝票を引き抜くと、立ち上がってさっさとレジに向かって行ってしまった。
フレーバーウォーター、おいしいから全部飲みたかった…。あと、日向夏レモネード足したアイスティもちょっと気になる…。後ろ髪を引かれつつもおれは飯野さんの後を追った。
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