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【2020/05 炬火】⑨
正式な組関係者という扱いにはなっていないが、実質関係者ということか。
「ではもしかして、こちらの女性も、そういう感じですか。収監されたどなたかのお嬢さんとか」
「いや、こっちのかわいこちゃんは、元々はリブラのタレント候補生だったんだが、ちょっと問題があってそうはならなかった子だ。征谷の家に住み込みで働いている。所謂家政婦さんだが、藤川玲の自宅に出入りしている様子があった」
先生が直接遣り取りができる数少ない女性ということか。おれは藤川先生のお母さん、多摩の小林さん、この人の3人くらいしか知らない。知らないだけで他にも居るのかもしれないけど、学校でも見かけなかった。よく考えたら先生が対面で教えている学生に女性が居なかった気がする。
と、いうか、出入りしているって、どういう理由で?
一瞬、下世話な想像が脳裏をよぎる。
いや、待て。そんなことはないはず。
小林さんが言っていたことを思い出す。
「あの方女性とは話せなかったので、わたしも直接音声で会話はしたことがなかったんですが」
「藤川くんとはメールやメッセンジャーでずっと遣り取りしてました」
そうだ、直接は話せないと言ってた。
だとすると、その心配はないはず。
自分に言い聞かせて落ち着かせてから、元の話について訊く。
「その人の出所に絡んで、じゃあ、征谷さんって人を脅すために、藤川先生の素性を知っている人間…片岡がそういうことをしたってことですよね」
「まあ、直接ではないだろうがな。やったのは銃器の扱いに慣れてなくて、捕まって何年か入ってもちょっとハクがつく程度の若い下っ端の奴か、全然組織とは関係ないカネで頼んだ捨て駒だろ」
勝手だけど、正直おれは先生自体が狙われていないことが確認できただけで十分だった。
見た目とか体からとはいえ、久しぶりに好きになった人が複雑な生い立ちで、家族を殺されて喪っているのに、本人まで殺されるようなことになったらとてもじゃないけど正気でいられない気がする。
「じゃあ、藤川先生自体が命を狙われる危険性は低いと想定していいとして、本当に狙われてるのは征谷さん本人ってことですか」
「まあ、征谷はもともと安斎由美子と内縁関係を結んだことで一足跳びに半自動的に…若頭の分際で先立って上位組織の幹部、本部長になった人でもある。それを妬んでいる人間は少なくなかった。だから当然そうなる。しかし征谷には徳永文鷹がついている」
そうか、彼は表向きは組織の人間ではないという扱いだから、銃器を所持することもできる立場である可能性がある。銃器を所持して警護にあたっていると考えれば不用意に狙うことはできない。
「問題は出所してくる小角だろうな。昔みたいな大々的なお出迎えや復帰に絡んだ行事というのは今は行われない事が多い。しかも帰ってくれば昇格、幹部入りは確実だし、また二人揃えばその影響力はますます大きいものになる。始末したいと考える人間は片岡の他にも確実にいる」
だったら、その、出所してくる側をこちらで警護するんじゃ駄目なのか。
「出所に際して、我々は何も対策は取れないんですかね」
「そうやって連中と仲良く協力ができるうちは平和な証拠なのさ。連中の間で揉め事になったらおれたちは何か起きてからじゃない限り、口出しはできんさ」
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