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【2020/05 野火】①

《第3週 金曜日 朝》 小林さんから話を受けていたのか、早い時間にも拘らず緒方先生からメッセージが来た。今、通話可能は可能かどうかという確認だ。 そういや小林さんのメッセージに返信しないまま放置になっていた。取り急ぎお詫びのメッセージを送って、緒方先生からは直接連絡が入ったこと、迅速な連携に礼を伝えた。 南にも昨晩のメッセージの返事はまだしていない。おそらく早出して来るのを見越してそろそろ「なんで返事くれないんですか」って怒って入って来るだろう。 なので、緒方先生に「小曽川にも話すことがあるので暫し離席します、15分ほど後でお願いします」と返信して、隣室の書庫に向かう。施錠を解除して中に入ろうとしたところに丁度やってきた。 「先生ぇ~なんで返事くれないんですかぁ~」 「いや、ごめんね、ちょっと野暮用でさ…」 大股でズンズン迫ってくる南を制しきれず、おれは扉の取っ手に手をかけたまま仰け反って答えた。 「どうせまーた自暴自棄になって適当に相手捕まえてヤケクソセックスでもしてたんでしょ~、なーにが野暮用ですかぁ~」 「ひどいなあ、ちゃんと今後のことについて万が一を考えて、弁護士先生に相談してたんだよ」 書庫に入って、普段南が仕事している机の前にある長机に手をついて、パイプ椅子を引き出して軽く腰を掛ける。 「想像付くと思うけどさ、おれ、ここ辞めようと思うんだ。何か実際にコトが起きておれの身に何かあったら、…直接何もなくても、今回の騒ぎで既に裏探ったりはされてると思うし、長居してたらそれ世間にバラ撒かれて学校の品位を下げる事になる。前期いっぱいと言わず求められたらすぐでも辞めるさ。それに、おれ自身も過去漁られるだろうしさ、早いとこ身を隠したいわけ」 「それはそれで仕方がないでしょうけど…、監察医務院とか、法人の仕事はどうするんです?あと、共同で研究途中のアレコレとか、準備してたアレコレとか…」 おれ本人以外で仕事の全容を把握しているからこそ、心配ではあるだろうな。 「辞めるよ、全部一旦。勿論もう戻れないつもりでいるから、今後のことは追々考えなきゃだけど、幸い食うには困らないから暫くは蟄居するさ。あと、南もおれのとこの仕事は無くなるからアーティストとして仕事できるとこないかとか、タニマチなれる人いないか探して頼んでくよ。やっぱそっちの仕事で腰落ち着けたいでしょ」 「そりゃあそうなんですけど…」 南は自分の席に座り、袖机にしているキャビネットの上に鞄を置いて、いつもどおりパソコンを起動する。ファンの音が部屋に響く。 「受け持ちの授業やゼミの引き継ぎとかどうするんですか」 「授業は元々のメインの多摩で引き継いでやってもらうよ。小林さんを昇格して任せてやってほしいとは思ってる。女性だからって埋もれさせておくのはもったいない人材だし。…まあこれからそこは緒方先生と話す予定でいるよ。じゃあ緒方先生と話すからまた後で」 席を立つおれを、南も席を立って引き止める。 「待ってください、あと、優明のこと、どうするんですか。こんな状況じゃ絶対結婚式なんか出ないつもりでしょう。おれ、どう説明したらいいんですか」 「いいよ、もう、全部正直に言っちゃえばいいじゃん。そのほうが諦めつくと思うし。そもそも正直、お前おれのこと嫌いでしょ?もう関わらなくていい状態になろうよ、無理しなくていい。お互いのためだよ」 憤りと寂しさが入り混じったような目でおれを見て、絞り出すように南が言った。 「先生は勝手ですよ、人のことなんだと思ってんですか」 「そうだな、勝手だよ。何だと思ってるんだろうね」 自分でも、そんなのわからない。溜息をついて呟いた。

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