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【2020/05 炬火】⑪

おれはまだ、おそらく事件の概要が大凡わかってきた程度で、全容にはたどり着いていないし、詳細までは知らない。 先生は「やるなら墓を暴くつもりでやれ」と言った。先生も、できればそれ以上は知ってほしくないのかもしれない。 だってそりゃそうだ、過ぎたこと、しかも、自分ではどうしようもなかったことなんて。 おれはやっぱり浅はかなんだと思う。 相手のことを知りたいという気持ちが、本人の預かり知らぬところから知られることが、本人を傷つけることくらい、想像付くだろうに。 しかも、気がついたからといって、詮索することをやめるつもりもないくせに感傷的になるなんて、手前勝手にもほどがある。 「先生は、その内容を聞いて、どんな感じでした?」 「正直ちょっと引いてた」 いや、そりゃあそうでしょう。でも、先生だって、やってることおれの比じゃないし。人のこと言えないじゃん。そんなあ。 「うわー…納得行かねえ~…」 思わず口にすると、飯野さんは大笑いした。 「でもさ、似てるよ」 「え?」 思ってもみなかったことを言われ、思考が止まる。 「お前と、あの藤川玲は」 「え…どこが、ですか?」 飯野さんは驚いて固まっているおれの顔をニヤニヤ見ている。 ゲイである。 陵辱され貞操を失っている。 性的逸脱が治らない。 生育環境が途中大きく変わっている。 家庭との縁が薄い。 当たりはいいがそれでガードしている。 ストイックで人を寄せ付けない。 人との関わり方が不器用。 その割に人並に思いやりはある。 真面目で固い。 仕事人間である。 挑戦することが好き。 知りたがり。 熱中しやすい。 列挙された内容はたしかに思い当たらなくもない。 多分、もっと価値観とかそういう点でも通じるものはあると思う。 先生もおれも、神や仏、運命とかそういうものは一切信じていない気がするのだ。 少なくともおれは、今ここにいる自分自身以外は、何も頼れないと思っている。 但、先生に至っては、自分自身が何者なのかさえも信じきれていないんじゃないかという気がする。 おれを試すような、振り回すような言動もそれ故で、自分が周りにどう見えるのか推し量るためだとしたら。 おれだけに向けられているんじゃなくて、他の人も同じような面は多かれ少なかれ見ているんじゃないだろうか。 だとすればそれは、ある意味慎重というか、それはそれで必要があって身につけた習性ということになる。 そんな習性がある人間と付き合ってたら、常人ならメンタルはボロボロになるだろう。所謂メンヘラ製造機だ。 でも、そんな人間におれは惹かれて、同棲するとかしないとか、そういう話をしてしまっていたわけだ。 「飯野さん、もしもの、仮定の話ではあるんですけど、おれが先生と個人的に交際とか…同棲するとか言い出したらどうしますか?やっぱ暴力団と関係のある人間と警察の人間が交際って、どうかってなりますよね」 「うーん、まあ確かに、態々宣言されたら当たり前だろバカタレ別れろって言わなきゃいけない立場だけどさ、反面、今現在実際そうでないことにまでそんな口出しできることでもないというか、微妙ではあるな…」 飯野さんは腕組みして考え込んでから「まあ、今のことは聞かなかったことにしておいてやるよ」と言った。 但し、続けてこうも言った。 「まあ、もしもの、仮定の話ではあるけど、そのつもりならおれらは何も関与できない。自分らの身はてめえで守れ」

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