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【2020/05 速度と密度】③

長谷が部屋を出て風呂場に向かうときおれに声をかけたのでびっくりして1機死んだ…。下手なことは変わりないのでそれ自体は気にせずそのまま遊んではいたけど、別のことが気になっていた。 さっき、おれが上になって長谷を見下ろした時の、あの表情だ。変に汗をかいて、恐怖に凍りついた顔をしていた。ああなってしまう感覚には、おれも憶えがある。 もしかして長谷には、おれが聞いたのとは違う事情が、何かあるんじゃないか。 飯野さんが言ってた内容だと、高校時代部活選びのための見学中に出会った水泳部OBに一目惚れして待ち伏せて迫ったら、更衣室に引っ張り込まれて、条件を出され、その条件を飲むなら付き合ってやると言われて、了承するとともに襲われて身体を限界まで弄ばれた。相手はウケだった、とかじゃなかったか。 しかも、ヤバイと感じて結局ずっとやってたバスケに部活を決めようとしたら、そのときのことで相手から強請られるようになり、結局逃げられなくなって水泳部に入って、入部後も事ある毎に好意を盾に強要され行為に応じていた。しかしそこで水球に出会った。 水球で実績を出すようになっていくにつれ自信がついたのか動じなくなっていき、やがて成長が続いていた長谷のほうが激しい欲求を持つようになっていくと、今度は体を提供する対価として金銭を要求されるようになった。それを断ると相手は長谷がゲイであることや校内での性行為を捨て身でアウティングした。 最初OB側から強要されていたという経緯や、金銭要求されていた被害者であったため処分は免れたが、長谷は競技自体を続けることも困難になり、進学の推薦も取り消され、親や学校の勧めで警察官採用試験を受けたという話だった。 しかし、おれが今引っかかっているのはその前の前提、家庭や育った環境だ。 長谷の口から、家族とか、友人とか、そういう背景が見えない。此処2週間一緒に過ごしていて、まともに聞いたことがない。 母親が非常に保守的な地域出身のカルトに近い宗派に属する人間で、同性にしか性的興味や好意を持てないにも拘らずそのことを言えず、自慰もままならない禁欲的生活を送っていたと聞いた。信仰の強要で度々衝突があったとも言っていなかったか。 その過剰な干渉や衝突から逃れるためにバスケに興じるようになって、やがて本格的にやるようになり頭角を著し、プロチームの幹部からスカウトされユースチームに入り、その実績を基に長谷は推薦で寮付きの高校に入学し、実家を離れたと。 宗教、殊にカルト集団において、儀式や奉仕活動などに絡めて性的虐待や搾取が発生することというのは決して珍しいことではない。もしかしてその、母親に信仰を強要される中で、何か起きていたのではないか。その時の恐怖が心身に残っていたりはしないか。 もし仮にそのようなことがあったとしたら、先ず母親にはそんな事は言えないだろう。そもそも長谷は信仰にどのくらい付き合わされていたのか。そうだとして、父親はそれは知っていたのか。知っていたとして、それは飯野さんには話していなかったんだろうか。 わからない部分は多いけど、だとしたら、二重三重に長谷は性的な面と、それに関わる尊厳に大きな問題やダメージを負った状態のまま此処まできてしまっている可能性がないか。癒えていない恐怖や傷があるんじゃないか。 研究者としても、付き合っていく上でも訊きたい、聞いておきたいけど、その事自体が長谷を傷つけることになってしまわないだろうか。 おれは長谷にこのまま甘えて求め続けてもいいんだろうか。

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