258 / 440

【2020/05 速度と密度】⑨

想定したとおり、当時の記憶はないものの、左腕の傷は事件の際抵抗したときにつけられたもので、手の不自由な状態も気がついたら既にこうなっていたものであると言った。但、元々が左利きだったらしく中学途中までは無理やり左の手で握り込むようにしてペンなどを持っていた。 ハルくんと一緒に学校に通ったり一緒に並んで勉強するようになったことで不便を感じて、徐々に右手を使う練習をして使えるようになったけど、正直今でも違和感があることも話してくれた。そして、マウスの操作などは左手に任せて、右手で物を書けるので便利なこともあると。 整形については、顔の骨格は成長に伴って父親に似てきたが元々顔パーツが母親似で、母親と加害者である伯母が一卵性の双子であったためその容貌がフラッシュバックを引き起こすトリガーになってしまったため施したもので、頬や鰓の骨を削ったり、顎の骨を切って詰めたりしている。 尚且つ歯列も矯正しオトガイ形成をし、唇の厚みを切って減らした。奥二重だったものを少し幅をもたせた二重に作り変えた。その他頬や顎下、目の下にある脂肪を取ったり、加齢に応じて顔の横を切って皮膚を切って引っ張ったり、ボトックスを打ったりコラーゲンを注入したりしている。 他にも、継続的にハイフとサーマクールというもので皮膚の引き上げとたるみ取りを行っているという。想像以上に色々やっていた。しかも、施術の影響で口腔や口の周りに一部麻痺している箇所があって上手く動かないのだと。気づかれたくないので普段から意識して動かしていて、自分の責任でしたことだけど正直疲れるとぼやいて笑った。 先生の顔は正直パッと見では年齢が全くわからなくて、撮られた年代で印象も違うので不思議に思っていたこと、おれは今の顔が綺麗だと思っていると伝えると、綺麗にしたくてやったことじゃないんだけれどね、と寂しそうな顔で微笑んだ。 そして、どんなに顔を変えても、なんとなく怖くて今も自分の顔はパーツごとでしか見られないから、全体が見えるような鏡は家に置かないし、見ないようにして暮らしていること。窓に映り込むのも怖いからプラ段の内窓をつけて反射しないようにしてあることも教えてくれた。 「だからさ、一緒に暮らすとちょっと不便だと思う。必要ならキャスターがついた動かせる姿見とか、三面鏡でも入れるよ」 そこまで話すと、先生は一旦起き上がって「ちょっと行ってくる」と言って通路の向こうに出ていった。おそらく中に出されたものがそろそろ腸内を刺激して出したくなるくらいの時間だ。何となく分かるので大人しく待つ。 喉が渇いたので冷蔵庫に入れてあるスポーツ飲料のボトルと、キッチンに重ねてある歯磨きしたときと同じメラミンのカップの色違いを2つ持ってきて、サイドテーブルに置いて注ぎ、先に飲みながら戻ってくるのを待った。 やがて、10分くらいも経っただろうか、戻ってきた先生にコップを差し出すと受け取って一気に飲んで息をついた。 「大きいボトルで買っといて正解だな、これ二人だったら今日中に無くなっちゃうよ」 空のコップを差し出したので、もう一回注ぎ直す。半分ほど飲んでサイドテーブルに置いて、先生は再びベッドに転がった。 そして、おれの方を向いて顔を近づけて「今度は、おれが質問してもいい?」と囁いた。おれが頷くと先生はものすごい硬い表情で真顔で言った。

ともだちにシェアしよう!