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【2020/05 深度と濃度Ⅱ】③
「耐えられなかったって、それは、何にですか」
そういえば、同棲していたことは大石先生言ってたけど、どうして、何があってそれが終わったのかは言わなかった。あと、おれの思い違いでなければ、出ていったのは元々そこに住んでいた藤川先生の方だったはず。
耐えられなかったのは大石先生なのに、出ていったのは藤川先生って、どういうことなんだろう。いったいどうして。
「決まってるでしょ、あんな嫉妬深い人がおれが体売ってることとかフラフラ出歩いて他の男と寝たりしてるの目の当たりにして正気でなんかいられないよ。見てられなかった、おれのせいなのにね」
先生は立ち上がって、腕組みをしておれを見下ろしながら腰掛けていた箱を爪先で指し示した。
「てかさ、サッサと片付けて本棚積んじゃってくれないとさ」
そう言うと、おれの後ろを通って本棚の前に積んだまままだ戻していない本を手にとり片付け始めた。おれも収納に入っていたものを元通り片付けて、先生の横で次に移動させる棚から本を抜き出した。
「そうだ先生、本棚の上なんですけど、置こうと思えば収納ボックスくらいは置けそうな余裕があるんですけどどうします?」
「いや、目線が行かない場所に置いたものって普段見ないからなかったことになっちゃうじゃん、しかも箱なんかに入れてあった何入れたかさえ忘れちゃうからいいよ」
片付けついでに、先生は手にとった本をパラパラ捲って中身を見ている。所々付箋が貼ってあったり、線が引かれたり書き込みがあったりして、普段の整然とした部屋の様子や整った先生の身形からはちょっと想像できなかった。意外だった。
「あ、あと先生、重ねて壁沿いに積んでいくと、今部屋の中央に並んでた棚が半端に残っちゃうんですけどどうします?」
「邪魔だからってなくすと本が入り切らないんだよな、文庫とか入れてる薄い棚を廊下に移して、そこに置いたら丁度いいんじゃない?」
気易く言うなあ。
「でも、机を持ってきてからじゃないと駄目ですよね?廊下狭くなっちゃったら机運べなくなりません?」
「あ、そっか」
話し合った末、部屋の中央にある棚から本を抜いて一旦窓側に寄せて、リビングから机を持ってきて、入ってる本を抜いてから文庫の棚を廊下に出す、という流れでやることになった。
「今日は棚を窓側に寄せるとこまでにして、それ以降は明日にしよう」
その後おれたちは黙々と作業を続け、予定通り壁沿いに本棚を重ね終え、部屋の中央にあった棚も壁に寄せて空間を確保してこの日の作業を終えた。
久しぶりに重量物を上げ下ろしした疲れを訴えると、先生はおれを労ってるつもりなのか肩や背中を揉んでくれたが擽ったくて笑ってしまった。
リビングに戻り、残り物を並べてテレビを観ながらつまみ、ジャンケンで順番を決めてそれぞれ風呂に入り、セミダブルのマットレスを並べた大きなベッドに並んで、手をつないで眠った。
一緒に暮らしたら、おれが24時間勤務で不在の日以外は、こんな感じの暮らしになるんだろうか。なかなか悪くないと思う。先生と一緒にいるのは楽しい。
でも先生は、さっき「浮気はします、ウリも当面やめません」ということを言ってたわけで、不安な要素はいっぱいある。
それでも、いろいろあって寮も出てしまってて、父方の僅かな親類以外殆ど身寄りが無くなっているおれからすると、同居人がいることで安心できる点は多い。
何よりやはり、理由はどうあれ先生に同居を誘われた、選んでもらえたということが自分の中では大きくて、今更多少の不安があったって断るとか身を引くなんて選択は考えられない。
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