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【2020/05 不時着】①
《第3週 日曜日 夜》
現場になった直人さんのマンションのある有明は当然ながら所轄が湾岸署なので、おれは先輩の車に乗り、覆面に警護され、先輩とこないだ来た竹芝を経由して日の出桟橋から芝浦埠頭と抜けてレインボーブリッジを渡って台場に向かった。
おれは到着後ボディチェックを受けて聴取のための取調室に入ったが、そこに先輩が一緒に入室して立ち会った。少しでもおかしな挙動や尋問があると元検事である先輩が即座に介入して釘を刺すので、捜査担当者は一様に苦々しい顔をしていた。実際やりづらくてたまったものじゃなかったと思う。
自分が直人さんやふみとどのような関わりだったか、事件が起きた背景自体は概ね既に知られているとは思っていた。自分自身は直接関わりのないことではあるが、こうなった背景というのもある程度知っていることも含め、包み隠さずに話した。
そして、自分が直人さんとそういう関係になった経緯や事情も、それを家族に知られていたことも、過去の事件のことも話した。あとは、うちの親もおれも高輪署の人間…飯野さんと長谷と現在関わりがあること、飯野さんは第一発見者である長谷の父親と繋がりがあって過去の事件について知っていることも話した。
警察側からは、造反した片岡が拠点を海外に移したり合法的な事業に転換してコンパクト化した組織を乗っ取って立て直すつもりで半グレと連んでいること、ふみの父親に出所後そのまま身を引くよう繰り返し迫っていたこと、先般のおれの職場での発砲が起きるかなり前から脅迫自体は続いていたことを聞かされた。
どうやら片岡は、ふみの父親が自分を差し置いて手上げして、戻ってきたら上層幹部入り確定の状態なのが面白くないだけではなく、反社会組織への締付けがきつくなるのを見越して直人さんが打った手を日和った、組を弱体化させたと見做して腹を立てているらしいこともわかった。
今回直人さんを消すことに成功したことから、次は週明け傘下の事務所や出所してくる本人を狙うと見込んで既に警備体制を敷いていること、別荘地に退避していた由美子さんを警護して直人さんの遺体の引き取りに向かっていること、乗っていた車両が乗り捨てられていたのは見つかったが、まだふみの行方はわかっていないことも聞いた。
おれ自体は直人さんの死によって契約がなくなったこと、組織との直接の関係はないことから開放されることにはなったが、事態の収拾がつくまでは自宅に戻らず先輩と行動をともにすることを勧められた為それに従うことにし、最寄りのヒルトンの空きを確認して予約を入れて、僅かな距離ではあるが再び覆面に警護されて先輩の車で向かった。
地下駐車場に降り、できるだけ館内入口に近いところで車を停めて駐車が完了したあとも警察が警護し、結局部屋の前まで送り届けてもらった。外から狙えなそうな近くに建物のない海や公園に面した部屋を充てがってもらったので、せっかくベイエリアにいるのに華やかな夜景もない。遠くに品川方面の明かりが見える程度だ。
おれは部屋に入るなり靴を脱いで、荷物もその場に置いて、スーツのままベッドにダイブした。先輩が溜息をついて「だらしないやっちゃなぁ」と言いながらそれらを拾ってベッドサイドに持ってきて、傍らに置いてからおれが突っ伏している脇に腰を下ろした。
「とりあえず、やるべきことはやった。抗争自体にこれ以上巻き込まれたり介入することもない。やれることもない。おつかれさん」
先輩はおれの後頭部に包むように優しく手を載せて、頭を撫でた。その瞬間、おれの口から無意識に言葉が漏れた。
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