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【2020/05 復元】③

《第4週 火曜日 夕方》 排水溝に水が流れ込む音で瞼を開けた。振り返ると既に浴槽はいっぱいになり、浴槽上部のほうの排水溝からお湯が溢れていた。 今此処で目の前で起きていたわけでもないのに震えが止まらない。喉から心臓が出そうなほど拍動が大きく速くなっている。震える手でお湯を止めて、服を脱いでタオルの上に置き、浴槽に足を下ろして肩まで浸かると、手のひらに溜めたお湯で涙や汗で濡れた顔を軽く洗った。 昔は怖くて顔を水につけられなかったから濡らしたタオルをレンジで蒸して、それを更にぬるま湯に軽く浸して絞って拭いてもらってた。平気になったのはハルくんが家に来て、一緒にお風呂や身支度をするようになってからだ。懐かしいな。 体の力を抜いてお湯に浸かってゆっくり息をしてぼうっとしていると、体の緊張や興奮が和らいで少しずつ楽になってきた。意識が今の自分の中に戻ってきた感じがする。違和感に気づいて口の中に指を突っ込んで頬の内側の粘膜を触る。 無意識のうちに食いしばっていたのか、頬の内側に線ができていた。フラッシュバックしたストレスなのか、それ以外なのかわからない。あと、普通にふみに叩かれたせいであちこち痛い。脇腹にも打撲痕ができているし、頬全体もなんとなくまだ腫れている感じがする。 おまけに顎関節周辺の筋肉やこめかみも痛い。首の付根も痛い。これは吐いたから、というのもあるとは思う。ベルトで鞭打たれたところも痛むし、ケツも痛いし、満身創痍だ。これで熱が出ないわけがない。 それでも熱は落ち着いたのか下肢や大腿部の関節の痛みや悪寒もないし、吐いたお陰もあってか少しスッキリしている。飲んだ薬は戻しちゃった可能性もあるし、上がったらもう一度軽くなにか腹に入れて飲み直しておこう。 こないだ、長谷にはみっともないところを見せてしまった。あの時も、お母さんが死んだときのことが夢の中で再生されて、目を覚ましてからもパニックになってて、あのときと同じく玄関まで出てしまった。言えなかった。 長谷には改めて言って、謝ったほうがいいような気がする。先輩とのことも、おれが多分一緒に暮らしても、他の男と関係が切れないであろうことも。てか、よく考えたらもう長谷って24時間勤務、とっくに終わってるはずじゃないか? さっき優明のメッセージを確認したときでも午後3時過ぎくらいだった気がするけど、何も来ていなかった。何かあったんだろうか。普通だったら現場入りたてに、飛び込みの仕事が来たからといって居残りはさせないんじゃなかろうか。 一旦浴槽内側の手摺に手をかけて体を起こし、念の為手をついてゆっくりと浴槽から出た。フェイスタオルで簡単に脚や背中の水気を拭いて、バスタオルを腰に巻いた状態で居室に戻り、スマートフォンを確認した。やはり、長谷から何も来ていない。 「お疲れ様  今日勤務明けたら来るって話だったけど  もしかして忙しくて残業してたりする?  それとも思ったより勤務きつくて無理?」 暫く待ってみたが、なかなか既読にならない。 それでも、端末を手に浴室に戻って洗面台に置いたところで、バイブレーションが着信を知らせた。手にとってメッセージを確認する。 「先生すみません  ちょっと大変な仕事が入って  今日はまだ帰るに帰れていない状態です  終わったら改めて連絡します」 大変な仕事ってなんだろう。素朴にそのまま訊いてみると、返事はすぐに返ってきた。 「ごめんなさい、それはまだ  先生であっても言えないです」 うん、まあ、そりゃそうだよな。 「いいよ、気にしないで  お遣いのことは気にしなくていいから  終わったらおれが泊まってるとこ来な」 おれが送ったメッセージに、その後かなり先まで既読はつかなかった。

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