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【2020/05 復元】④
《第4週 火曜日 夜》①
高輪署の管轄内でなにか大きな事故や事件が会ったという情報は特に出ていない。SNSや掲示板をあたってみても情報はなかった。そして、今のところ、一般には暴力団に関連する不穏な情報も特には出ていない。
報道が規制されているのか、それとも、新規で何か起きているわけではなくて、既存の案件の調べだったり、速報を打つほどじゃない地味な案件だったりで、おれが心配するようなことじゃないのかもしれない。
おれとしては、今は体がボロボロで求められてもお応えできかねる状態だから、また長谷に我慢を強いることになってしまうし、それで険悪になるおそれは回避できたのは、正直ちょっと助かった。
体が冷えてしまわないうちにクローゼットから新しい下着や部屋着を出して着直して、風呂場に戻り、使い終わったタオルで濡れた床を軽く拭いて浴槽の栓を抜いた。軽く浸かっただけだし勿体ないけど、多分また寝てしまうし冷めるだろう。
居室に戻ってテレビ下のキャビネットから小さい沸騰ポットを出してお湯を沸かして、小さいカップのきつねうどんを作って軽く食べて、薬を飲んで、片付けもせずおれはまた布団に潜った。
でも、また夢に見てしまいそうで怖くてなかなか寝付けない。まだ南はまだ荷物発送してないだろうか。研究室の戸棚にある処方薬も送ってもらおう…いや、持って来てもらおうかなあ。
あの手の薬はそもそも急にやめたり減らしたりすると良くない。そういや長谷が泊まった日から飲んでないな、そりゃ悪夢も見るわ。何日飲んでないんだろう。
布団の中でスマートフォンをいじる。南のトーク画面にダメ元でメッセージを送る。
「お疲れ様。
本の発送は急がなくていいです。」
「代わりというわけじゃないけど、
研究室の戸棚の処方薬一式を
明日の帰りでいいので、
こちらに持ってきてください。
交通費は出します。」
「本も元払いで発送すると思うので
発送費用出します。」
「週末から飲めていない状態です
よくない感じがします。」
一頻りおれが内容を送り切るのを待っていたのか、ようやく南が返信してきた。
「なんですか?
急におれが勤め始めた当初にしか
使ったことないですます調だし、
こまめに句読点打ってるし、
話の順序前後してるし。
大丈夫ですか?」
ほんと、察しがいいなあ。そうだよ、大丈夫じゃないから頼んでるんだよ。
「正直やばい
本音言うと今直ぐほしい」
率直に返すと、直ぐに返事が返ってきた。
「わかりました
届けに行きます」
助かった、さすが有能、話が早い。安堵してサイドテーブルに端末を置いて、目を閉じた。
するとまた、あの日のことが蘇ってくる。だめだ、早くなんとかしないと。
先生に訊かれたけど、言えなかった。
今、都内複数箇所で同時多発的にとあることに関連して一斉に負傷者が出て、それに伴って複数の逮捕者が出ている。それが、征谷直人射殺に対する傘下団体による苛烈な追求と復讐によって齎されたものだと判明、断定されたのは今日の午後だった。
最初に他の署で負傷者が見つかったときは大きな動きはなかった。しかし、時が経つにつれて負傷者が増え、そのうち逮捕者が出た。その流れが続き、取り調べや捜査が進むうち、点と点が征谷直人の名を介して線で線で繋がった。
そしてうちの署の管轄内にもその流れがきた。朝には勤務が明けて昼頃までに帰宅できる予定だったはずのおれもそれに伴って留め置かれ、飯野さんが率いるソタイと、本店の人間と共に臨場することになった。
そこで、一般に高級住宅地とされるこの界隈に凡そ相応しくない凄惨な状況をおれは目にした。
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