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【2020/05 復元】⑧
《第4週 火曜日 深夜》
フロントから来客を知らせる連絡があって、その後暫く待つとドアチャイムが鳴った。ふらつく足取りで近づいて開けると、そこには有能なおれの助手が立っていた。千葉の自宅から学校に戻って、必要なもの見繕って台場までとか、我ながら人使いが荒いなと思う。
「頼まれたお薬と、あとごく一部ですが本持ってきましたぁ。それと先生のロッカーにあった下着とシャツの替え、あとパジャマ代わりにしていたスクラブも一応…」
南はおれに荷物を手渡すと同時に目を剥いた。
「先生、なんでそんなボロボロなんですか?なんなんです?その怪我」
荷物は無印良品の縦長い大きな紙袋の中に整理して収めてられていた。その中身を検めていると、南は改まって「先生」とおれを呼ぶ。
「先生、こんなとこで立ったままもなんですし、奥行きましょう、奥」
勝手に部屋に入り、おれの手をとってベッドのあるところまで強引に連れて行く。そして鼻をフンフン鳴らして匂いを嗅いでからおれのいる方に振り返る。
「ここで一体何してたんですかぁ?」
「いや、何って、ナニだよ」
「誰とです?」
「言えない」
南はおれの返事に深く溜息をついて両手で顔を覆って「…もう…ほんとヤダこのひと…」と呟く。
「やっぱ来なくていいすよ、優明の結婚式とかそれに絡むあれこれとか…」
苦虫を50匹くらいまとめて噛み潰したような顔で言うからつい誂いたくなる。
「来いって言ったり来るなって言ったり、南は勝手だなあ」
「勝手なのは先生でしょお~!?」
煽るとそれに乗せられて南がますます怒る。それがおかしくてひとり声を上げて笑っていると、南は徐々に冷静になって、やがて真顔になり、心底呆れたといった表情になる。
「あと用事がないなら、おれ帰りますから車代出してくださいよお…おれ普通に明日も仕事ですし」
この部屋はツインルームで、1つベッドが余分にある。おれはベッドを指差して「ここで寝ていけばいいじゃん」と言った。
しかし南はまた追加で苦虫を食ったような顔になって「いやですよぉ、なぁんで先生が致した後の部屋で寝なきゃならないんですかぁ…」と言うとおれの手の甲をぱちんと叩き、手をはたき落とした。
そして掌を上に向けてこちらに差し出して交通費を請求する。いや、ほんとしっかりしてるなあ。
紙袋を手にクローゼットに向かい、傍らに置いてクローゼットを開ける。中を漁って財布を取り出して高額紙幣を3枚ほど引き出し、おれの後を追って入口付近まで来た南に手渡す。
「ありがとう、おれのこと嫌いなのに忠実に働いてくれて。助かった、気も紛れたよ」
そう伝えると南は途端にちょっと照れくさそうな顔をした。
「領収書もらっておいて、あとで経費にできるよう処理しときますね」
そう言い残すと、そのまま南は部屋を出ていった。おれはタオル一枚という情けない格好のまま応対していたので、いつも仮眠の時に着ているスクラブを着て、受け取った薬を手にベッドサイドに戻る。さっき頓服を飲んでるから定時の服用は明日の朝からにしよう。
間接照明の灯りをギリギリ最小限まで絞ってベッドに潜り込んだ。
スマートフォンを見てみたが、長谷のトーク画面はまだ既読にならない。不安にならないといえば嘘になる。
試しに長谷に…だけじゃなくて、ハルくんにも、お母さんにも、緒方先生にも、小林さんにも、飯野さんにも、ふみにも、片っ端から「起きてる?」とメッセージを送る。返信を待つうちに薬が効いてきたのか眠くなって、おれは眠りに就いた。
ホテルの車止めには、夜遅くにもかかわらず数台の車が待機していた。乗り込んで自宅住所を伝え、走り出した車の車内から夜景を見る。同じ湾岸エリアでも自分の住む街とはまるで違う雰囲気だ。
部屋のドアを開けたとき、先生の表情が恐ろしい目にあった後のような定まらない目線だったことが引っかかっている。まるで見捨てられた小動物か子供のようだった。
しかも、顔か体がに不自然な痣ができて腫れていた。
別れ際「気が紛れた」と言っていたのも気になる。
あの人は一体、あとどのくらい人に言えないことを抱えているんだろう。
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