347 / 440

【2020/05 潜伏】⑩

…まさか、やっと開放された!やった先生に会いに行ける!と思ったのに、しかもあんなことがあった後なのに地方で仕事だなんて…。 「すごくお前の顔が見たい、声が聞きたい」 そうですよ、おれもですよ。ああもう、もうマジで、絶対神様なんかいない、居てたまるか。居たら全力で助走つけて殴りかかってる。 「長谷はお父さんが亡くなったとき、お母さんがいなくなったとき、ちゃんと素直に悲しいって気持ちになれた?受け入れられた?」なんて言うんだもの、受け止めきれないくらい、やはり直人さんのことは相当にショックだったんだと思う。 今すぐ飛んでいって包むように抱きしめて、べたべたに甘やかして、安全な空間で心ゆくまで悔しさや悲しみを吐き出させてあげたい。「…他の人と寝ました、朝から嫌な気持ちにさせてごめん。」なんて先生が自ら謝るとは思っていなかったし、弱ってるんだと思う。 それより、おれも同棲やめるって怒られてもいいから正直に「実はおれも先生が居ない間に風俗で遊んでました、ごめんなさい」ってそのタイミングでちゃんと言うべきだった。他の人との関係とかや、要求に応じられなかったこととかでモヤモヤして、また風俗で遊んでたこと。 でも言い出せなかった。笑って誤魔化した。最低だ。 不甲斐なくていたたまれない気持ちになってしまった。 おれは部屋着を脱いで物干しにかかっていたバスタオルを手にとって風呂場に向かい、疲れが抜けきらない体に熱めのシャワーを当てて、顔にも当てた。昨夜帰ってきたときはもう疲労困憊で風呂に入る体力は残っていなかった。帰ったのは夜中だったので何も食べずに寝てしまった。 捜査で泊まり込んでいる間は合間にドラッグストアで歯磨きセットのついでに仕入れたボディシートとかパウダースプレーやらドライシャンプーで誤魔化していたが、正直しんどかった。今こうやって石鹸を泡立てて全身を洗い、シャンプーで頭皮の汚れを洗い流せる有り難みったらない。 やはりまだ回復しきっていないのか、体が暖まるにつれて眠気が戻ってくる。シャンプーを濯ぎ終えたところでシャワーを止めて部屋に戻り、再び部屋着を纏って頭にタオルを巻いたままベッドに戻ってそのまま寝落ちてしまった。再び目が覚める頃には午後3時を過ぎていた。 昨夜1時過ぎに帰って6時に起きて、9時過ぎにまた寝て起きたら15時って…11時間も寝ている…半日近く寝てしまった。月曜朝から水曜深夜まで業務で拘束されていたとはいえ、交代で仮眠や休憩はしていたのに、選手時代や機動隊時代ほどじゃないけど体力には自信があったのに、凹む。 起き上がるなりランニング用の装備に着替え、ジムに行く支度をして、そのバッグを背負って家を出る。自分的にはさして遠くないジムまでの道程を敢えて遠回りして走って向かった。到着するなりまた着替えて体を温めて柔軟運動してからプールで無心で何往復か泳いだ。 更にシャワー後着替えて再び柔軟運動をしてから今度はマシンへ。捜査中疲れを感じたヒラメ筋や外腿、しゃがんだり立ったりの動作に必要な筋肉、背筋に集中的に負荷を与えた。最後にもう一度シャワーを浴びて帰ろうとしたとき、声をかけられた。 「前も一回会ったね、覚えてる?」 以前もシャワーを出たところで声をかけてきた男だ、やだな、面倒だ。 「いえ、何か用ですか?」 「冷たいな、前回いきなりナンパされたから怒ってるでしょ」 ああもう、わかってるなら声掛けないでほしい。只でさえ今日は疲れているし自分に腹が立ってイライラしてるんだ。 「自覚あるんじゃないですか」 「まあそんなツンケンするなよ、せっかく可愛い顔してんのに。この後メシでもどう?」 「…いえ、帰ります。動いたの無駄になっちゃうし、このあとは用事がありますんで」

ともだちにシェアしよう!