349 / 440

【2020/05 冀求】①

《第4週 木曜日 夜》 「あ、うん、とりあえず入って」 どうしよう、苛立ちに任せてこんなとこ入って呼んだはいいけど、そういう事ができる心理状態じゃなくなってしまった。 「今日時間短めですもんね、どんな感じにしますか?」 「うん、もう、今日はそういうことは、いいかな」 おれは、つばさの持っていたバッグを自分の手にとってから床に置いて、つばさを抱き寄せた。 「え?」 「添い寝でいいよ、おいで」 一旦体を離して、先にベッドに腰を下ろして手を伸ばす。つばさは嬉しそうに抱きついてきて、そのままおれを押し倒した。脚を絡めて反応するものを押し付けて、おれの体を指先を掠めるように触る。 でも、過度の疲れもあるだろうけど、精神的なダメージで、おれのものはイマイチ反応がよろしくない。こういうときはダメなんだ、わかってる。 「いや、ほんと、今日はそういうのはいいんだ、ごめん」 おれはつばさの手をとって、腕をおれの首に回り込ませて、横臥していた体を返して覆い被さり動きを封じた。 「重いと思うけど、このまま寝かせて」 「そっか、残念。でも、人の温かい重みがあるのって気持ちいいから好きですよ」 つばさがおれの頭部を優しく撫でた。その手を背中に移し、一定のリズムで優しくトン、トン、と打つ。本当におれはそのまま寝落ちて、つばさから「お時間ですよ」と告げられるまで熟睡していた。 いつもならだいたいキャストの子を先に帰らせて自分は時間いっぱい部屋で休んでから帰るが、今回は部屋に入ってから来てもらうまでの時間でグダグダしてたのでホテルを一緒に出ることにした。 つばさのプレイ道具が入ったかばんはそれなりに重いので駅までおれが持って、つばさは手をつなぎながらおれの腕に縋るようにくっついて歩く。 おれがでかいのもあるけど、先生と同じくらい華奢な体型でかわいい雰囲気があるのでボーイッシュな女の子に見えるのか道行く人にジロジロ見られるような感じはしない。 それより、おれに対するつばさの期待に満ちた目がしんどい。 「今日、そういう気分じゃないのになんで呼んでくれたんですか?」 おれに問いかけるその目は、前回のプレイの濃さもあってか熱っぽいものを発している。絵にしたらきっと、目の中にも背後にもいっぱいハート型のものが散布されている状態だ。 「いや、最初はそういう気分だったんだ、なんか気持ちが荒んで落ち着かなくて。でも、嫌なこと思い出しちゃって。詳細は言えないけど」 「そうだったんですね、残念。じゃ、今度は給料日とか楽しい気持ちのときに呼んでくださいね」 優しく微笑むつばさに、おれは一瞬迷ったが思い切って言った。 「いや、もう、多分こういう遊びはもうしない」 「え…?」 明らかな動揺と、おれに会えなくなることの絶望がつばさの表情にありありと浮かび上がる。腕に縋っていた体が離れ、繋いでいた手が離れる。 「え、なんで、ですか…?おれ、なんかいけないことしましたか?」 「ごめん、そうじゃないんだ」 確証のある言質をとったわけではないが年上の恋人がいること、その人と同棲を控えていること、その人の交友関係は乱れているが隠し事はしない人であること、おれは今もこういう遊びをやめれずいることを言えていないことを話した。 つばさの表情がみるみる曇っていく。やはり、キャストでありながら、つばさはおれのこと好きになりかけていたんだと思う。これ以上はダメだ。これまではそういう事があればその店の利用をやめるようにしていた。でも今回はもう、今回限りで、こういう店を利用すること自体をもうやめるということを告げた。 「なんでですか?その、相手の人は浮気し放題ってことですよね、怒らないんですか?」 「あの人にはまだ、多数の依存先が必要だと思ってる。あの人自身だけじゃ、おれなんかじゃ到底支えきれないものを抱えてるから、仕方がないんだ」 つばさは苛立った様子で言った。 「フジカワさんの、そういう優しさにつけこんでるだけかもしれないじゃないですか」

ともだちにシェアしよう!