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【2020/05 冀求】③
《第4週 金曜日 朝~昼》
公衆電話のある場所から移動して着替える時間や準備を含めるとかけられるのは8時までが限界だ。あと15分ほどある。もしそれまでに出てくれたら…。
祈るような気持ちで何度もかけたが、結果、やはりつながらなかった。
今日は「これ以上何もなければ」の話だけど、先日の事件の現場で集めた写真の精査だし、昼休憩も順繰りで回ってくる。昼ごはんを買いに出るついでにもう一度かけるしかない。今度は営業時間内だし大丈夫だろう。
幸い、その予測の通り今日は撮影データの精査やプリントアウトや整理で午前は終わり、新人ということもあって早めに休憩に出してもらえた。スーパーを通り過ぎて再び公衆電話のある交差点に向かう。
携帯電話を持っていないことのほうが珍しい今の時代で公衆電話の順番待ちをすることは勿論ない。店にかけるとすぐに繋がった。物腰の柔らかい比較的若い男性の声がした。多分シノさんだ。
「すみません、昨夜五反田でつばさくんと遊んだフジカワですが、スマートフォンを失くしてしまって」
「よかったです、お預かりしてますよ。何処かで受け渡しできればと思いますがご都合いかがですか」
安堵して深い溜め息をついた。
「よかったぁ…ありがとうございます…今日は通し勤務じゃないんで、仕事終わりに寄ります…」
「かしこまりました、では新宿御苑駅近くのイートインと医薬品のコーナーがある大きめのローソンでお渡しします。わたくしシノと申します…ところで」
ところで?なんだろう。
「以前は電話やLINEや予約してくださってたので、名前を変えてらしてもIDやお声でわかったんですが、最近サイトからの予約で名前も違ったので、長年ご愛顧くださっているお客様とは気づきませんでした」
「そうですね、お会いするのは今回初めてだと思います」
そうだ、この店利用するようになって結構経つのに所在地は大まかに二丁目周辺としか知らない。スタッフの人に会う機会なんて、余程まずいことしない限り普通はないし。
「あと気になったんですが、ずっとスマートフォンに藤川さんという方からの通知が入っていて、今のお名前はこの方から拝借されたのかなと思いまして」
「そうです、おれ、その人と今度一緒に暮らすので…お店利用しなくなると思います」
シノさんは「おや」とワンクッション置いて、「あ~、なるほど。おめでとうございます」と言ってくれた。只でさえ流行り病で厳しい情勢で、そこそこ長く毎月毎月数回カネ落としてた客を失うのは正直困るだろうに。
「すみません、最後の最後にご迷惑おかけして」
「いえいえ、ではご連絡お待ちしていますので、よろしくお願いします」
用意していたテレホンカードの度数が尽きる寸前になんとか通話を終えた。念の為パスケースと財布にそれぞれ一枚ずつ入れておいててよかった…。
とりあえず、どのくらい通話していて今が何時何分なのか全然わからないので、スーパーでおにぎりと飲み物だけ買って、レシートに印字された時刻を見て急いで署に戻る。
あと20分はあったのでさっさと食べて歯を磨いた。捜査のときも思ったけど携帯電話で時刻を見る癖がついてるとダメだ。新宿に寄ったらついでに腕時計安いのでいいから買おう。
スマートフォンは便利だけど、スマートフォンが使えない場合どうするかを考えておかないとまずいと改めて思った。
「ずっとスマートフォンに藤川さんという方からの通知が入っていて」とシノさんが言っていたのが気になる。早く取り戻して確認したい。
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