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【2020/05 冀求】④
《第4週 金曜日 夜》
おれは用事ができたことを伝え日勤の定時になり次第すぐに退勤し、品川駅高輪口の歩道橋のそばにあるバス乗り場から都営バス品97系統で新宿に向かった。
新宿二丁目のバス停で降りると丁度近くのビルにイートインがあるローソンがある。おそらく此処で合っているはず。入って確認すると、やはりイートインと、医薬品の取り扱いスペースがあって広い。
一旦出て、地下鉄駅に降りて公衆電話から店に電話をかけて、店内で待っていることを伝えた。シノさんは他の電話に対応中で、出たのは店長と思しき年上の恰幅の良さそうな堂々とした雰囲気と声の人だった。
再び地上に戻って、ローソンの店内に入り飲み物を二人分買う。無難に緑茶にした。空いているテーブルに座ってお茶を飲んで待っていると、少し足の悪そうな歩き方で、質の良さそうな生地の三つ揃えの人が入ってきた。
華奢で背が高く、特別整っているわけではないが見るからに柔和そうな人好きする顔立ちをしている。直感的にシノさんだとわかった。予想したとおり、おれの視線に気づいて近づいてきて、おれの携帯を見せてニコッと微笑んだ。
「あ、ありがとうございます。すみませんお忙しいのに…よかったらこれどうぞ」
お茶を手渡すと、シノさんは「恐れ入ります。よかったら休憩をもらってきたので、少しお話しませんか」と言って、おれの隣の空き席に座った。
「つばさが昨日戻ってきたとき明らかに泣いたあとの顔だったもので、何があったのかなと思ったら、本物の、パートナーの藤川さんのことを昼間教えていただいて腑に落ちました」
「いや、本当にすみません…」
本当は、単に店利用しなくなると言ったわけじゃなくて先生のことを悪く言われて怒っちゃったんだけど、それは流石に言えない。
「正直ね、あの子、前もお客さんにガチ恋してトラブってるんですよ。前の店でも、規則破って連絡先交換して妻子持ちのお客さんに好き好き攻撃して通じないと脅して最終的にストーキングしちゃって」
「えっ、マジですか…」
すうっと体温が下がる。やっぱり妙に期待に満ちた雰囲気があったのは気の所為じゃなかったのか。
「だから、今回ふられてよかったですよ。そもそも、目標があってお金貯めてるとか、本職だけじゃ食えないとか、事情があって普通のフルタイムじゃ働けないとか事情がある子は…特にノンケなら仕事と割り切って働くから良いんですが、単純に男が好きでそういう行為が好きでやってる子ってやらかすんですよ。これはお客さんもそうで、割り切って楽しめる人はいいんですがパートナーができない、作れない、居なくて寂しくて呼ぶという人は危ないです」
「あぁ~…なんか前回のプレイで盛り上がっちゃった上で今回添い寝だけお願いしたからってのもあるとは思うんですけど、おれ、なんかつばさの目線とか触れ合い方に感じるものがあって、本気になられたら困るのは客だって同じだよって言っちゃったんですよね」
正直に話すと、シノさんは「いや、ほんと、おっしゃるとおりですよ。それでいいと思います」と言った。そして続ける。
「そうやって割り切って、それなりの頻度で楽しんでくださってた方が居なくなるのは店としては寂しいですが、個人的にはパートナーの方が出来て卒業というのは良いことだと思います。長年ご愛顧くださって、本当にありがとうございました。ご多幸をお祈りしております」
席を立とうとしたシノさんにおれは声をかけた。
「あの、お訊きするのは良くないとは思うんですけど、お御足、お怪我されてるんですか?」
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