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【2020/05 冀求】⑧
「それは、夜、宿に戻ってからか、朝ごはんの時にでも話すよ。とりあえず言えるのは精神科医である藤川夫妻に育ててもらったことや、東大でやってきたこととか、そこで出会った人たちに自分じゃ経験しようと思わなかったことをさせてもらったり、ウリやって密接に人と関わる機会を得たのは決して無駄じゃなかったってことだよ」
そう言うと小林さんは微笑んで、「藤川くんは、案外ポジティブですよね」と言った。
でも、それは少し違う気がする。
「どうだろうね。起きてしまったこととかやってしまったことは受け止めざるを得ない訳だし、ポジティブとかネガティブとかって結局、何が起きたって生きていかなければいけないことに変わりはないって思えるかどうかだけだと思うよ。ある意味、諦められるかどうかというか、なんていうか」
搬入口でご遺体の受け渡しが終わって誰が対応するか話しているところに行き、指示役になっている先生に声をかけて、初めて災害現場の対応に来た小林さんに教育する必要があるので立ち会わせてほしいことを改めて申し出る。
その際にはやはり新村くんの話が出た。
釘を刺したことを伝えて、自分ができる限り同伴するが、避難所のフォローに入るため此処を離れることもあると思うのでその際には同性の先生か看護師さんが必ず小林さんと同伴するようにしたい事を改めて伝えて了承を得た。
その先生とは別の現場や学会でも何度か顔を合わせていて、その先生、Q大の池内先生と、K大の西田先生は前からおれの噂もある程度互いに知った顔ではある。
今回の発砲事件のことも耳に入っているようで、池内先生は「こういう時に紛れてくる不審死の検知には藤川くんが適任だから緒方先生に無理を言って頼んだんだけど、今は東京に居ないほうが安全だろうし、よかったかもね。」と言った。
西田先生は地元出身の女性の先生で、彼女の助教も女性なので、おれが離脱する際は小林さんと動いてくれること、ひとりにしないよう配慮することを約束してくれた。
「小林さんはうちと一緒に動いたほうがいいかもですね、うちの綾子先生何気に武闘派だし。それにしても、小林さんも藤川先生も華奢だよねえ」
「やだぁ、武闘派って、大袈裟ですって」
西田先生のとこの助教の綾子先生は体格がよく、頬がふっくらしたファニーフェイスにショートヘアの可愛い、コロコロとよく笑う人だ。この人も現場で何度か一緒になったことがある。こういった活動に携わることに熱心で、屋外での活動も厭わないのでいつ会っても健康的に肌が焼けている。名前で呼ばれているのは、綾子先生の名字がメジャーで同じ名字の先生と一緒になることが多いためだ。
「すみません、よろしくお願いします」
小林さんがお二人と話している間に、おれは池内先生に今回搬入されたご遺体の概要を確認する。
今回午前中搬入の確認がとれたもの(これから搬入すると確定しているものも含める)は、浸水した住宅からの発見2件と土砂崩れ現場からの発見が1名、水没した車から発見の2名でそれぞれ別の自治体からの5名。
検死後に歯科チームに引き継ぎ治療記録などを取り寄せた上でし身元確定、検案書は調査結果を基に警察官と検死を担当した医師とは別の者で再度遺体を検めるダブルチェックをした上で作成。
最初運び込まれたのは浸水した住宅から発見されたもののうち1件だった。既に他の先生に指示し作業に入ってもらっているため、次運ばれてきたものを小林さんを伴っておれが担当することになった。
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