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【2020/05 冀求】⑨
小林さんのもとに戻り、その事を伝える。小林さんはお二人と打ち解けたようで表情がすっかり和らいでいた。新村くん、いや、新村が近づいてきたときから抱えていた緊張がほぐれたのがわかる。
「よかったね、なんとかうまいこと回りそうで。次のご遺体が来るまでWHOが制定したこういう現場での活動のガイドラインがあるから説明するよ」
話していると、そのガイドラインの実際の冊子を持ってきているからと綾子先生が来て一緒に説明してくれた。
「海外での活動も踏まえて書いているので、日本では余り実用的じゃない部分もあるんですけど、大凡のことはこれに沿うのが合理的ではあるんじゃないかなって思って一応…災害対応にあたる人のストレスケアなんかは藤川先生のほうがお詳しいと思うんですけど」
「まあ、心理学やって精神科経由して法医学に来た人間なんてそうそう居ないですからね、しかも元は自分がケアされてた側で身内が救命医とか、絶対おれしか居ないでしょうね」
話しながら、この本の本編の後ろについている付録に掲載されているものと同じ、実際に作業に使用する帳票を一通りセットして小林さんに渡し、説明を始める。
災害現場での検死作業の基本動作は、原則としては通常と同じではある。しかし離断したものを含め多数の遺体が収容されるため、できるだけ写真を撮り、データを揃え、身元確認は目視に頼らない。
災害規模や犠牲者の数によっては野戦病院さながらの状況になるが、それでも基本は変わらない。パニックや焦りで照合ミスや引き渡しミスがあれば、この国の死生観的に弱っている遺族に更に大変なストレスを与えることになる。
また、直接遺体に接することで過度の心理負担が発生し、視認での確認精度は期待できないのでご遺族の作業エリアへの立ち入りは行わない。写真と記録と聴取に依り確認を行う。対面での最終確認は引き渡しの際に行う。
遺体は原則、最初の搬入の段階では部分遺体も1件とし識別番号は分けておく。識別番号は回収場所・回収担当者・通し番号を組み合わせた形式で防水ラベルに記入する。
撮影の際には搬入時に取り付けた識別番号票が目視できる状態で写っている必要があるため、特徴を見落とさないためにも撮影の前に十分に遺体の清拭を行う。
撮影は遺体中央付近に立って行い、写真には全身状態がわかる状態、上半身下半身で分割したもの、顔貌全体がわかる状態、識別に役立つと見られる特徴を必ず撮る。パーツ単位での撮影や遺留品の撮影をする際には大きさが判別しやすいよう定規を添えて撮る。
このとき併せて遺体の全長や各パーツのサイズ等できる限り計測し記録を残し、体毛や頭髪や肌の特徴、色や質感、傷跡刺青母斑など体表の目立つ特徴、虹彩の色、大凡の年齢、外性器により確認した性別は必須のため必ず確認し記載。
着衣や遺留品、携行品についてもそれぞれ撮影するが。破損や汚損が生じている場合は元の色や形状を確認して書き添える。此処までの内容は漏れがあれば差し戻しとなる。
次に残っている個人照合に必要な部位、特に指紋・唇紋、毛髪は解析へ、内容物や体液等で採取が可能なものは検査に回す。付着していたり土や呼吸器官消化器官に残っている水も同様。外観や触診で内部損傷の疑いがあれば造影を先行する。
遺体を開く必要があるかは撮影や造影検査、検体の採取が一通り済み、その結果を十分検討した上で判断する。
通常業務と重なる部分も多いが、これらを踏まえて此処で使う帳票の中の選択欄や数値の記載以外の記述が必要な欄はどの程度まで詳しく著すか、検案書への転記の際の注意点、通常行なっている異状死の対応や司法解剖の対応との違い、配慮するべき点を挙げた。
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