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【2020/05 冀求】⑩

こちらでの検死が終了次第、こちらで検めた際の歯牙状態の記録を歯科チームに引き継ぎ、歯牙治療記録や顎の状態を照合して個人識別の最終確認後に警察官立ち会いのもと身元確認に訪れている遺族に情報提供し、確認が取れたものから検案書を作成する。 確認が完了したものは整容面を考慮し整復し、エンゼルケアした上で納棺し、引き継ぎ。引き渡しは死亡証明書を発行する行政担当者が実施する。 「先ずはテキストの内容から作業の要点だけそのまま読んだ感じではあるけど、此処までで気になることある?」 小林さんは帳票の見本にメモを取りながら、何度もテキストを行き来して見返している。 「普段からやってるにしても、此処での仕事は勝手が違うから一通りやってみないとわかんないよねえ」 綾子先生は優しく小林さんに言う。小林さんの手は、或る所で止まっていた。 「藤川くん、いいですか」 「ん、何?」 開いているページは今実際に説明した箇所とは違う章だ。通常であれば「それは後で、」と咎めるのだろうけど、発達特性により読むのが早く、思考が多動がちな人間は説明箇所の理解が済むと次に興味が向いた箇所を先取りしたくなる。そういう人間はある程度居て、自分にもその感覚はわかるので、それについてはおれは何も言わない。 「親族のための情報センターを設置するとあるんですが、これはわたしたちが収集した情報を基に行方不明や無くなった可能性の高いご家族を探す作業を行っていただく別室になるわけですけど、此処には警察官や医師は常駐するんでしょうか」 「我々の作業区域内にも現地警察の検視官がつくけど、そこにも部外者の侵入を防ぐため警察官は置かれると思う。あと基本としては引き渡しのための手続きがあるので行政担当者が対応してくれる。但し心理的支援が必要になったらおれは作業離脱してそっちの対応に行くと思う」 小林さんは続けてメモ書きを基に今度はページを遡って手順の説明箇所に戻る。 「あと、清拭やエンゼルケアから納棺については看護師に一任してよいかと思いますが、整復が必要な場合その作業については担当医師が行うのか看護師が行うのかどちらでしょう」 「外部の挫創縫合や内部の挫傷の侵襲的補修など医師でないと行えない部分はあるのでそれが済んだらあとは任せてもいいのだけど、自分だったら表情とか体勢の乱れも気になるからそういうところまで補正してしまいたい。文字通りの変わり果てた姿でお渡ししたくないから。一通り検死が済んだらエンゼルケアと納棺進めてもらって、その間に他を進めておいて終わったら声かけてもらって改めて取り掛かる。立て込んできたら並行して複数対応することもある」 借りたテキストに直接書き込むわけにはいかないので、小林さんは帳票の見本の裏に書き込んでいく。一通り書き込んだのを見計らって声をかける。 「あとは、何かある?」 「お話していた、災害の混乱に乗じた略奪や性的暴行などの犯罪、その後の衰弱死や自死以外に、それに伴った殺害と仰っていましたけど、実際にこれまでこのような検死の支援にあたっていて、実は単純に災害被害ではなかったことってありましたか」 「あるよ。殺したまではいかなくても実は已むを得ずではなく故意に見捨てたとか告白されたこととかね。そういう申し出があった場合引き継いで聴取は行われるけど状況的に検証のしようもないだろうね。おれはその後まで把握してないんだけどね」 綾子先生が「前に別の現場でお会いした時にもそういったお話サラっと触れてらしたことがあったのは憶えてるんですが、そういったことって、検死の段階でわかったものですか?それとも身元確認や引き渡しの段階で発覚したものですか」と声をかけてきた。 「検死から身元確認や引き渡しの流れじゃなく、遺族の心理的な支援を依頼されて面談した中で出てきたものだから、フォローする人材がいない現場だとそういうことが明らかにされないまま普通に引き渡されている場合もあるんだと思う」

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