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【2020/05 冀求】⑫

最終的に引き渡し間違いがあったりしては意味がない。 そして、他の医師がどうしているかわからないが、おれは発見当初の状態の写真のままではご遺族が正しく判別できないと考え、確認が全て終わってエンゼルケアしてもらった後から改めて整容面を考慮してあれこれ手を加えて再度顔貌を撮影して記録につけるようにしている。 生きているときと全く同じ状態とはいえないが、苦悶の表情や力尽きて脱力した表情であれば、よりその人らしい表情に戻してやるのとやらないのでは絶対にその人と正しく認識できる精度は違うからだ。 勿論、顔だけではなく頭髪も整えるし、身元確認に有用な特徴となる部分も清拭してその部位ごと撮り直す。残っているであろう部位は極力照合して元の場所にくっつけてその状態も撮る。 …自分の母親が、せめて人間と認識できる状態で残っていたらどれだけ良かったことか。父親が、遺棄された場所から遺留品なり骨片の一つでも出てくれたら、どれだけ良かったことか。その人と判る状態で見つかって連れて帰れることが、どれだけ救いになるか。おれは知っている。 戻って詳しく説明をすると小林さんに伝えて振り返ると、小林さんの背後に新村が居た。小林さんの腕を掴んで自分のすぐ脇に引き寄せた。 「そんなに警戒しなくたっていいじゃないですか、こんなとこでなにかしようとは思わないですって。できやしませんよ。歯牙鑑定についてのお話だったらよかったらレクチャーしますよ」 「いいよ、おれが教えられることだから。そっちにも今回が初めての人材がいるだろう。今のうちにこっちから引き継ぎされる内容教えておいてやりなよ」 そのまま小林さんの腕を引いて場を離れる。 「仕事場に私的感情を持ち込むなよ」 捨て台詞が聞こえたので振り返らずに言う。 「現場で人のことホモ呼ばわりする奴に言われたくないね」 そのまま医師チームの執務エリアに戻ると、池内先生と綾子先生と、自治医大から来ている助教か講師っぽい若い先生が立ち話していた。おれの名前が聞こえてくるが、小林さんに教える方が先なので敢えてつっこまずスルーして簡易のミーティングスペースに入る。 持ってきた用紙を広げて、実際に書き込みながら説明していても聴覚が過敏すぎるせいでその会話が耳に入ってきてしまう。 「藤川先生って最初より私達とも全然話してくれるようになりましたよね。年が近いと余計避けられてる感じありましたし」 「あ、あぁ~そうね!女性と話したがらなかったからね。看護師さんにすら最低限にしか手伝い頼まないし、淡々とやってて」 「そんなにですか?ゲイだってことはお聞きしてますけど」 「いや、最初ほんとこの人普段どうやって仕事してるんだろってくらい喋らなかったの」 あんま面識ない先生に先入観与えるようなこと言わないでほしいなあ…てか別にそれはゲイだからじゃないんだよなあ…。態々訂正しに行くほどじゃないけど。 小林さんと仲良くなったお陰で色々慣れたというのもあるし、自分が年取ったせいもあるとは思うんだけど、昔ほど30代とか40代くらいの女性が怖くなくなった。 別にそれまでだって女子学生や女性の先生とも一緒になることはあったけど、やはりそのくらいの年代の女性に無意識の苦手意識というか、無意識に心身が拒否反応を起こしていた。なので、結構当時は随分と失礼な態度もとっていたように思う。途中までは何せ育ての親にさえあまり近づけない状態だったくらいだったのだから。

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